デスカフェへようこそ

達見ゆう

第1話 迷える泥棒

 カランとドアベルが鳴る。お客様がいらっしゃった合図だ。私はエプロンの紐を結び直し、ドアに向かって挨拶しました。


「いらっしゃいませ、一名様ですね。空いているお席にどうぞ」


 ここはお年寄りのお客様が多いのですが、今回は見た目は四十代の男性です。心なしか疲れていて痩せこけているように見えます。


「ご注文は?」


「えっと、お金持ってないのだけど、って死者にもお金の概念あるの?」


「ご安心を。ここは無料です」


 ここは冥府の中にある「デスカフェ」。ネーミングセンスは気に入らないのですが、名付け主は上司閻魔大王なので逆らえません。


『あの有名なコーヒーのパロディみたいだろ』と言ってましたが、おやじギャグの極みです。せめて『Dカフェ』にすればいいものを。


「そうかい、三途の川もお金取られるし、国によっては冥銭なんてのもあるから有料と言われてたら困るところだったよ。じゃあ、この日替わりブレンドをもらおうかな」


「かしこまりました」


 彼は壁のお勧めをチラと見ながら注文します。


 冥府は天国へ行く地獄へ行くかという審査に時間がかかります。何十人も殺した大罪人や聖人の称号を受けた方ならスムーズですが、大半は人生の行いに良いことや悪いことが入り交ざるので慎重な審査が必要です。


 最近は人間界の裁判所みたく、天国行きが決まった方を入れた陪審員による審判もありますし、死者による不服申し立てまでする人もいますから、審査内容も高度複雑化しています。

 そもそも閻魔大王様の鏡で生前の行いは分かるのに、なんで不服申し立てなんて認めるのか分かりません。時代に合わせていくとはいえ、少し人間界の制度に合わせすぎと思います。


 こんな調子で長期化が進み、事案が滞留していては死者も審査官も疲弊していきます。そこで、休憩と気分転換を兼ねてここがオープンしました。冥府の職員や審査中の死者がここにやってきます。


「お待たせしました。砂糖とミルクは要りますか?」


「要らな……いや、もらおう。甘味を感じるというのも久しぶりだからな」


 彼はそう言って砂糖とミルクを入れて美味しそうに飲み始めました。


「ああ、本当に甘いってこんな感じだったな」


 懐かしそうな切なそうな独り言を呟きます。


「甘い物を禁じられていたのですか? 生前は糖尿病だった方はよくそんな感想を漏らします」


「いや、健康には問題無かったと思ったのだが、結果的には病死だな」


 死者に対する過去の過剰な詮索は禁止ですが、雑談は許されています。話しかけても大丈夫そうな人なので、このまま話を続けます。


「そうですか病死ですか」


「仕事がクビになって生活する金が無くてな、甘い物なんてもちろん、缶コーヒーを買う金すらなかったんだ。

 再就職もうまく行かず、失業保険も切れて生活保護も断られた。

 それからは貧困へ転落するのは早かった」


「まあ、苦労したのですね」


 言葉を選びながら答えます。一度は仏門に入りながらも私は失言が多くて、上司閻魔大王からも審査中の私の率直な感想に『いくら悪人であっても失礼なことは言うな』とよく注意された末、ここに赴任したのです。私の生きた時代はコーヒーなんてありませんでしたから、元喫茶店の死者の方から一から教わり、引き継ぎました。彼はその行いが評価され、無事に天国へ行きましたので、今は一人で死者フロアを任されています。


「それでさ、泥棒や強盗しようと考えたのさ。闇バイトに申し込もうか、それとも単独で家に侵入しようか迷って夜の街を歩いていたら、近くの古い家から声が聞こえてきた」


 答えに困って私は黙ります。


「空き家と思ってたから、人がいるのにも驚いたが、声が普通じゃない。手持ちのバールやガラス切りなんかを使って侵入したら老人が苦しんでいる。そして、そばには開けた状態の金庫があって、現金が山程あった」


「ご老人は病気だったのでしょうか?」


「多分な。現金を確認してたか悦に浸っていたかわからんが、何かの発作でも起きたのだろう。

 このままにすればその老人はくたばるだろう。そうすれば顔を知られること無く、目の前の大金が楽に盗める。

 しかし、見ず知らずとはいえ、人が死にかけているのは気分が悪い」


 私は黙ってお冷の追加を注ぎます。


「結局な、俺はその家の電話から救急車を呼んだよ。最初は親戚と誤魔化そうとしたが、ガラスが割れてるんだ。すぐに泥棒とバレて捕まったよ。

 でもな、あの苦しんでいるじいさんを見捨てるなんて人としてできなかったんだし、助けて貰えないという点で俺と重なったのかな。せめて俺が助けなきゃってさ。

 この甘さは俺の欠点だ。仕事も同僚から困っている仕事を肩代わりしてさ、それが大ハズレな仕事で業績が傾いて俺のせいとなり、クビになった」


「おじいさんは助かったのでしょうか」


「さあな、俺は何かの病気があって進行していたらしい。捕まって取り調べを始めて一日か二日目くらいで胸が苦しくなって、あっという間に死んじまった。

 気づいたら三途の川を渡って冥府ここだったから、救急車呼ぶ間も無かったんだろう。だからじいさんのことも何も知らない」


「そうですか。ところでコーヒーのお代わりは要りますか?」


「せっかくだから、いただくよ。

 俺は地獄行きにするほど悪人ではない、かといって天国に行かせるには強盗しようとしたから善人ではないから審査が長引いているのだろな。生きていても死んでも半端者だな、俺は」


 自虐的に男は笑ったが、私は事務的にお勧めを案内した。


「コーヒーだけではなんですから、お菓子や軽食もありますよ」


 死者への肩入れは禁止ですが、商品をお勧めすることは許されてますから、なんとなく紹介してしまいます。


「じゃあ、このチーズトーストをもらおう。あの頃からまともに食事は取ってなくてな。こういうシンプルなものを食べたい」


 私はパンとチーズを出してトースターで焼きをお代わりのコーヒー豆を取り出して用意します。


「しかし、こんなに審査が長引くなんてなあ。

 悪いことはしてないとは思うよ、でも確かに未遂でも泥棒だし、じいさんが元気に眠っていたら、叩き起こして縛って金の在り処を聞いたかもしれないから強盗しようとしてた。天国行きも虫がいいのか」


「どうぞ」


 私はお代わりのコーヒーとチーズトーストを出します。


「ありがとう、うん。コーヒーもトーストもすごく美味しいよ。シンプルなのにすごく美味しくて暖かい。

 ここがあることを知れて良かった。また退屈な時に立ち寄るよ」



 男の身体が光り出した。


「あなたは強盗をしようとしたけど、人を助けた。あなたの顛末を知ったおじいさんが警察越しにお墓や家に祭壇を作ってずっといろいろな差し入れやお供えをしていたのです。コーヒーもトーストもその中の一つですよ」


「え……。あのじいさん助かったのか」


 事態に驚きながらも男は答えます。


「本当は言うのは規則違反なんですがね、あの方はお金持ち故に子どもや兄弟達とも仲が悪くて誰も寄りつかなったそうです。息子や娘だったら見捨てられて金も取られただろうが、赤の他人だから助けて貰ったと自虐的に感謝していましたよ」


「そっか。でも、審査が長引いて……」


 光って消えそうになっているから彼の声は小さい。


「まあ、審査官の意見ってバラバラですから。ただ、冥府の食べ物は善人が食べると美味しく感じるのです。だから、美味しく食べられたあなたは合格なのでしょう」


「これも審査なのか? じゃ、俺は……、いや、じいさんにはせめて礼を言っ……」


「ご利用、ありがとうございました」


 私は男が消えたあとのお皿を片づけ始めます。


「今日のお客様はすぐに天国でも良かったと思うのですが、難しいものですね。人間界の裁判が長引くのもなんとなくわかります。

 それにしても奇妙な縁でしたが、あの方が生きていてくだされば、面会も来てくれたでしょうし、出所後もそのご老人と良き友人になれたのでしょうね。世の中は皮肉と残酷で出来ていますね。私みたいに」


 ここはデスカフェ。冥府の中にあるカフェ。疲れた冥府の職員と死者が立ち寄るカフェ。あなたもいつか利用するかもしれません。






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