第3話 三神神社 〜封じられし神の目覚め〜

2026年8月。蝉の声がけたたましく鳴き響く中、三神高校の夏休みは静かに始まっていた。


「優希、また夢を見たの」


織部巫女は、朝の登校路で隣を歩く成田優希にそう告げた。彼女の声はどこか怯えていた。


「また? どんな夢だった?」


「神社の境内に立ってるの。誰もいないのに、笛の音が聞こえてくるの。赤い布をまとった人が、舞ってるのが見えるの。私……その人に呼ばれてる気がするの」


「それって……“夢見の導き”かもしれないな」


「やっぱり……そう思う?」


優希は頷いた。前回の“赤い女”事件以来、彼の中でオカルトは単なる趣味ではなく、現実と地続きの“真実”になっていた。


「岸梛先輩にも相談してみよう。あの人なら、何か分かるかもしれない」



放課後、オカルト研究部の部室。


「夢見の導き、ね……」


岸梛優は巫女の話を聞き終えると、静かに目を閉じた。


「それ、たぶん“神の記憶”に触れてるわ」


「神の記憶?」


優希が首をかしげる。


「ええ。三神神社に祀られていた“武無真親王”……その神格は、ただの神じゃない。“無神”と呼ばれる存在。悟りを開いた神であり、同時に“祟り神”にもなり得る存在」


「つまり……」


或鍵修が口を挟む。


「信仰されていれば“和”をもたらすが、忘れられれば“祟り”に転じる。そういう神格ってことか」


「その通りよ。40年前に神主が亡くなってから、神事は絶え、神社は封印された。けれど、完全には鎮まっていなかった」


「じゃあ、巫女が見た夢は……」


優希が巫女を見つめる。


「神が、再び目覚めようとしている兆候かもしれないわ」


「ちょっと待ってよ!」


巫女が声を上げた。


「私、神様に呼ばれてるの? なんで私が……」


「それは、君の名前が“巫女”だからじゃないか?」


と神ノ木美希が、久々に部室に顔を出して言った。


「神事を司る者として、選ばれたのかもね」


「美希先輩、体調はもう大丈夫なんですか?」


優希が心配そうに尋ねる。


「うん、なんとかね。風邪だったけど、ちょっと変な夢を見てさ……」


「夢?」


「うん。神社の境内で、誰かが私の名前を呼んでた。“神ノ木”って。しかも、笛の音がして……」


「それって……」


巫女と顔を見合わせる。


「同じ夢……?」


「これは偶然じゃないな」


と或鍵が立ち上がった。


「三神神社に行ってみるしかない」



夜。三神神社跡地。


鬱蒼とした木々に囲まれたその場所は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。鳥居は朽ち、拝殿は崩れかけていたが、確かに“何か”がそこにあった。


「……空気が重い」


巫女が身をすくめる。


「結界が……歪んでるわね」


岸梛が結界紙を取り出し、周囲に貼り始める。


「誰かが、封印を解こうとしてる」


「封印を?」優希が眉をひそめる。


「ええ。神を祀るというのは、同時に“封じる”ことでもあるの。信仰が絶えれば、封印も弱まる。今、この神社は……限界に近い」


そのとき、境内の奥から、鈴の音が聞こえた。


「……聞こえたか?」


或鍵が身構える。


「うん。夢と同じ音だ」


と巫女が呟く。


「行ってみよう」



拝殿の奥、かつて神楽が舞われた舞台跡に、赤い布がはためいていた。


「……誰かいる」


優希が囁く。


そこに立っていたのは、白い面をつけた巫女姿の女性だった。手には鈴と笛、そして足元には太鼓が置かれている。


「……舞ってる」


巫女が呆然と呟く。


「これは……神楽の再現だ」


と或鍵が目を細める。


「でも、あれは人間じゃない。神の依代だ」


「依代……?」


「神が一時的に宿る器。あれは、神が自らの存在を示すために現した幻影だ」


そのとき、依代の巫女がこちらを向いた。


「……巫女……神ノ木……成田……」


「名前を……呼んでる?」


優希が一歩前に出る。


「封印を……解いてはならぬ……」


「封印を解くなって……でも、もう解けかけてるんでしょ?」


「ならば……再び、舞を……」


「舞?」


巫女が目を見開く。


「私が……舞うの?」


「そうよ」


と岸梛が頷く。


「あなたが夢で見たのは、神事の再現。神を鎮めるための“和の舞”。あなたが舞えば、封印は再び強まる」


「でも、私……舞なんて……」


「大丈夫。私が導くわ」



その夜、巫女は神楽の衣装を身にまとい、舞台に立った。岸梛が太鼓を打ち、或鍵が結界を張る。優希は、静かにその様子を見守っていた。


「……優希くん、見ててね」


巫女の舞が始まる。鈴の音が夜の闇に響き、笛の音が風に乗る。


その瞬間、境内の空気が変わった。まるで、時空が歪んだかのように、過去と現在が交錯する。


「……来るぞ!」


或鍵が叫ぶ。


境内の奥から、黒い影が現れた。巨大な人影。顔はなく、ただ呻き声だけが響く。


「武無真親王……!」


岸梛が叫ぶ。


「祟神になりかけてる!」


「巫女、続けて!」


優希が声を張る。


巫女は震えながらも、舞を続けた。鈴の音が、影を貫く。笛の音が、闇を裂く。


「……和を……なせ……」


神の声が、風に乗って響いた。


「……我、忘れられし者なり……されど、和を望む者なり……」


「ならば!」


優希が叫ぶ。


「俺たちが、あなたを忘れない!」


その言葉に応えるように、影は静かに消えていった。



夜が明け、三神神社の境内には静寂が戻っていた。朝露に濡れた苔の匂いが、どこか懐かしさを誘う。


「……終わったの?」


巫女が、まだ神楽の衣装を身にまとったまま、優希に尋ねた。


「うん。君の舞が、神を鎮めたんだよ」


「ふふ……じゃあ、私、神様に認められたってこと?」


「そうかもな。君は、立派な“巫女”だったよ」


「……じゃあ、次は“優希くんの巫女”になってもいい?」


「……え?」


「冗談だよ、冗談♪」


そう言って微笑む巫女の頬には、うっすらと涙が浮かんでいた。



数日後、オカルト研究部の部室。


「三神神社の封印は、再び強化されたわ」


と岸梛が報告した。


「でも、完全に安心ってわけじゃない。あの神は、まだ眠っているだけ。信仰が絶えれば、また目覚める」


「つまり、また誰かが“忘れた”ら……」


優希が呟く。


「ええ。だから、記録を残す必要があるわ。神の存在を、語り継ぐために」


「それなら、俺が書くよ」


優希はノートを開いた。


「“三神神社封印再興記”。これから、オカケンの記録として残していく」


「いいタイトルね」


と神ノ木美希が微笑む。


「でも、あの神様……本当に“祟り神”だったのかしら?」


「それは……」


或鍵が腕を組む。


「人の想念が神を変える。信仰されれば“和”をもたらす神に、忘れられれば“祟り”に。あの神は、ただ“人を映す鏡”だったのかもしれないな」


「……人の心が、神を祟りに変えるってこと?」


巫女が眉をひそめる。


「そう。だからこそ、俺たちが忘れちゃいけないんだ」



その夜、優希は自室でノートを開いていた。


『三神神社の神、武無真親王。かつて疫病を鎮め、豊穣をもたらした神。だが、信仰が絶えたことで祟神へと変じかけていた。夢を通じて巫女と神ノ木先輩を呼び、再び神事を行わせることで、封印は再び強化された。だが、神は最後にこう告げた——“我、まだ目覚めぬ”』


「……まだ、終わってない」


優希はペンを止め、窓の外を見た。夜の空には、満月が浮かんでいた。


そのとき、スマホが震えた。


【岸梛優:今夜、少し話せる?】


【成田優希:もちろん。どうしたの?】


【岸梛優:夢を見たの。今度は、神社じゃない。もっと……深い場所。水の底みたいな、黒い空間。そこに、何かがいる】


【成田優希:何がいたの?】


【岸梛優:わからない。でも、声がした。“次は、目覚める”って】



翌日、部室。


「夢の内容を詳しく聞かせてください」


と美希がノートを広げながら言った。


「真っ暗な空間だった。水の中みたいに、音がこもってて。でも、確かに声が聞こえた。“次は目覚める”“封印は一つではない”って」


「封印が……一つじゃない?」


優希が眉をひそめる。


「三神神社は、三神高校の名前の由来になった場所だろ?」


或鍵が地図を広げる。


「つまり、三つの神を祀っていた可能性がある」


「三神……」


優希が地図を覗き込む。


「じゃあ、あと二つ、似たような神社が?」


「その通り。実は、調べてみたんだ」


と或鍵が地図に印をつける。


「“三神神社”の他に、“上神社”と“下神社”という廃神社が、世田谷区内に存在していた記録がある」


「それって……」


巫女が息をのむ。


「三つの神社で、何かを封じてたってこと?」


「可能性は高いわね」


と岸梛が頷く。


「三柱の神が、それぞれの場所に祀られ、三角形の結界を形成していた。けれど、今はどれも廃れている」


「じゃあ……」


優希が立ち上が。


「次に目覚めるのは、“上神社”か“下神社”の神……?」


「ええ。そして、その神は……前よりも強いかもしれない」



その夜、優希は再び夢を見た。


黒い水の底。そこに、巨大な何かが蠢いていた。目を開けるたびに、世界が歪む。耳元で、声が囁く。


「……次は、“下”だ……」


目を覚ましたとき、優希の額には冷たい汗がにじんでいた。


「……“下神社”……」



こうして、オカルト研究部の次なる調査対象が決まった。


三神神社の封印は再び強まったが、それは連鎖の始まりに過ぎなかった。


世田谷に眠る“神々”の記憶が、再び目覚めようとしている。


そして、夢の導きは、次なる神へと彼らを誘っていた——

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オカルトの謎を解明!オカルト研究部 @syousetu_tarou

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