カクヨムコンテスト11【短編】月と水の精霊③

越知鷹 京

祝呪にうつる犯人像:『悪魔の定紋』

この夢を見るのは何度目だろうか?――私が、私を殺す夢だ。


さっきの夢の中で、強く記憶に残っているのがあった。若き日の夫が、見知らぬ女性と並んで笑みを浮かべていた写真だ。その女性は娘と同級生のママ友である千紫せんし 未菜みなによく似ていた。


私は気になって「千紫 未菜」をインターネットで検索する。検索結果のサムネイルはどれも無害で、千紫未菜の顔は地域の掲示板に貼られた防火ポスターのように笑っている。


「考えすぎよね…」


だが翌朝、郵便受けに差し込まれていたポストカードは、笑顔を一瞬で凍らせた。


古い新聞の切り抜きの文字で「子供たちに気を付けて」とだけある。裏面には切手の跡もなく、消印もない。紙の端に、海の匂いが微かに残っていた。


私は慌てて娘と息子の顔を確かめた。寝室のドアを開けると、二人は無邪気に寝息を立てている。胸の奥が締め付けられる。あのカードは脅しなのか、警告なのか。千紫の写真と、夫の若い写真が頭の中で重なった。震災の翌日、港の倉庫、共犯者――断片が私を追い詰める。



千紫未菜は、表向きは穏やかなママ友を演じていた。だが、実際には瀑布彩子を崇拝する異常者であった。


未菜の崇拝は、数か月前から始まっていた。それは、未菜がこの団地に引っ越してきたときの事だった。先輩風を吹かす嫌味な隣保長が新参者に舐められまいとマウントをとっていたときに、未菜は彩子に救われた。何処へ引っ越しても近所付き合いが上手くいかない未菜にとって、まさに救いの手だった。


それからは保護欲と所有欲を混ぜた感情から、彩子が「祝福されるべき存在」だと信じていた。だがその祝福は、未菜を歪んだ行動へと向かわせた。


彼女のパソコンのメモリには彩子の仕事ぶりを記録したスクリーンショット、夫である蒼太の過去や赤宗との逢引きの証拠。そして、彩子への崇拝を示すメモや家系図が混在していた。


未菜はペンシルベニア大学のウォートン校を卒業後、日本のハッカー界隈で「恩賜おんしの短剣」として名をはせていた。独自のハッキングコードで様々な国を攻撃していた。彼女はそれを『悪魔の定紋』と呼んでいた。


まず最初に、赤宗 宗篤の勤務先のパソコンに脅迫状を送ってやろう。

彼女は彩子に喜んでもらう為に、さっそく行動に移った。


そのコードの原型が「AIの卵」と呼ばれた狂気の産物であることを知るはずもなく、未菜は知らず知らずのうちに藍染の計画に巻き込まれていく。





――祝いの準備が整った。


定紋が彫り込まれた鍵を握りしめる女性がいた。……彩子だ。


未来から来た彩子は、過去を変えるために「祝印」を用意していた。彼女は過去の自分を殺し、時間の裂け目を渡って、この日に戻ってきたのだ。彼女が握るのは、古い定紋の入った鍵と、脳裏に焼き付いた「AQUA‑LUNA」の一部コード。彩子の目的は二つ――蒼太を取り戻すこと、そして誘拐犯たちに復讐を果たすこと。すべてはあの日、水鏡の祭日から始まったのだ。


未来の彩子は狂気の笑みを浮かべた。




そして、つぶやく……――。









「次は、おまえだ」



◇つづく




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