『流れ着いた怪異 後編』
その日の夜。三人とも風呂も食事も終え、敷布団の上でトランプをしていた。その間も島津は集中できず、男の子のことを忘れようとするのに必死だった。だがそれは、動けば動くほど沈んでいく底なし沼に、近いものがあった。
なぜここまで、あの男の子のことが気になるのか。それはただ異質だったから、と言わざる負えない。笹垣が最初に見つけた時も、何かをあの子に感じたからだろう。
やってることは人間にもできる。だが、異様に目につくのだ。大勢が動いている中に、下に何も敷かずパラソルも立てないまま、ポツンと体育座りで座る。そして全く動かない。
そして最大の謎は、周りにいる人間が、まったく男の子を気にしていないことだった。最初の時も今日の時も。まるで見えていないかのように。ただ、それ以上になぜ自分たちには、あの子が見えるのかが気になった。えも言えぬ恐怖感に島津は包まれていた。
・・・・・・・・おい、おい!島津。お前の番だぞ」
「え?ああ・・・・ごめんごめん」
笹垣の言葉で、頭の中の世界から連れ戻される。目の前にはトランプを二枚持ち、こちらに引かせようとしてくる入江がいた。笹垣はトランプを全て揃えて、残りの試合を見ている。島津は残り一枚なので、入江がジョーカーを持っていることになる。その入江が言った。
「眠いの?」
「え?いや別にそういうわけじゃ・・・・」
島津はそう言いながら、入江の持つトランプを引いた。引いたのはジョーカー。島津は相手に見えないように、トランプを体の後ろに隠し、シャッフルして入江の前に出した。
入江は迷うことなく、すぐに引いて見せた。そして揃ったトランプを捨て場に捨てる。島津の手元に残ったのは、不気味に笑うジョーカーだけ。笹垣が
「なぁ島津。お前さっき、あの子のこと考えてただろ。昼間見たとか言ってた子」
ズバリ言い当てられてしまった。島津は正直にそうだと言った。場に散らばったトランプをまとめながら、笹垣が
「あんね、島津。ビビりすぎよ笑。まぁあの子が変っていうのは分かるけどさ~。俺も見てるからね。第一今日見たって言ってた子だって、昨日見た子と同一人物とは、限らないんじゃない?」
「まぁ、それは・・・・・・雰囲気が似てたし、背格好も一緒だったから。後は俺の第六感」
「決めてが感じゃん笑。気にしすぎだって。背格好とか雰囲気だって、あんなに人がいたら、ちょっとぐらい似る人も出るさ。ほい、負けがシャッフルだぞ」
と言いながら、笹垣はまとめたトランプの束を渡してきた。島津は何も言わず、トランプをシャッフルし始めた。それまで何も喋ってなかった、入江が言った。
「でも実際、昨日見た子はどうなったんだろうな。午後からは俺接客だったから、たまにちらちら見てたけど、ほんとに動かねぇの。気づいたらいなくなってた」
「あーそういえばそうだったな、とういかずっと動かないのか。まぁ・・・・・・・・それは確かに怖いか。というか早く言えよ。そういうのは」
いや、知ってたらもっと怖くなるから言わなくてもいい、と島津は言おうとしたが、余りにも情けないので飲み込むことにした。トランプをシャッフルし終え、それぞれのところに配っていく。
「いや、言おうかと思ったんだけどさぁ。結局人間でもできることだしなぁとか思ってたら、まぁいいかと思っちゃうんだよねー」
「あれは、あれ。周りの人に無視されるのは?」
島津はここぞとばかりに口を挟んだ。自分が一番気になっている部分でもあり、一番恐怖を与えてくる部分。トランプを配り終え、それぞれ自分の手札を見て、ペアになったものを捨てていく。三人の中央には、どんどんトランプが増えていく。笹垣が
「あれはな~。俺も気になってるけどさ。本当にただ無視されてただけじゃない?人も大勢いるし、何より海だぜ、海。あんま他の人のこと気にしないだろ。」
笹垣の意見には一定の説得力があった。島津は話している内に、段々と恐怖が薄らいでいってるのを感じた。自分は考えすぎていただけだと、そう思えるようになってきた。すると入江が
「お?」
と言った。それに応じるように、笹垣も
「あれ?」
と言った。二人の手元に、トランプは一枚も残っていなかった。すべての手札を、ペアとして捨てることができたのだ。そしてそれは、島津の負けを意味していた。島津の手札には、一枚のジョーカーだけが残った。島津は
「マジかよ笑」
と言いながら、ジョーカーを捨て場のトランプの中に放り込んだ。笹垣と入江も
「スゲー笑。こんなことあんのかよ」
「初めてだな、これは。島津運わりーな笑。」
クワァーー クワァーー クワァーー
「ん?カモメか?」
すっかり暗くなった外から、カモメの鳴き声が聞こえてきた。三人は窓の方に目を向ける。それからすぐに笹垣が
「カモメも盛り上がってるんだな。島津の負けで笑」
「なんでだよ笑。全部捨てた方でよr
バンッ バンッ バッ バンッ
それは突如起こった。それぞれ驚きの声をあげたり、体を震わせたりした。三人は一斉に、音の発生源に顔を向ける。それは外から、いや窓から鳴っていた。窓の一つに、白くて大きい何かがせわしなく動いている。少ししてその正体が分かった。それはカモメだった。
客間には窓が三つついている。その内の真ん中にある窓に、カモメの羽が当たっていた。羽ばたくために羽を動かし、その勢いで窓が バンバン と叩かれていたのだ。窓は全て廊下とは反対側にあり、それぞれの下の部分にちょっとした出っ張りがある。そこにカモメは留まり休憩をしていた。
「カモメ?」
クワァーー クワァーー クワァーー
最初に声を出したのは、笹垣だった。三人はトランプを放置して、カモメを驚かさないようにしながら、窓際まで近づいていく。カモメは何事もなかったような、表情をしている。水かきの部分から下半身ぐらいまでは赤く、収納している羽は先端が黒で他はグレー。嘴は先端が赤く、大部分が黄色で、目は
「このカモメの種類はなんだろう」
入江が目を輝かせながら言った。普段は何に対しても、興味を示さない彼だが、動物のことになると、心が惹かれるようだった。カモメは、鳴き声をしっかり聞こうとしているのか、首を傾げたり周りを見渡したりしている。島津が
クワァーー クワァーー クワァーー
「分からんね、下半身が赤いのが特徴なのかな?」
カモメは毛繕いを始めた。そのとき島津は、カモメが休憩している出っ張りの部分で、何か動いているものを見つけた。それは生き物ではなく、液体だった。赤い液体。見た瞬間、それが何かが分かった。
「血?」
島津の言葉で、残りの二人も流れている液体に気づいた。その液体の元の場所を辿っていくと、カモメの下半身に辿り着いた。まさか。毛繕いをやめたカモメの嘴を見て、島津はギョッとした。嘴の先端だけについている、と思っていた赤色は、嘴全体に広がり、真っ赤に染めていた。
クワァーー クワァーー クワァーー
ふと、このカモメが怪我をしているのかと思った。この量の血が出ているとしたら、かなりの怪我になるはずだ。だが、カモメは何も起きていないかのように、ボケーっとしている。やはり怪我をしているようには見えない。
そしてカモメが体をブルブルと震わした。その瞬間 パパッ と窓ガラスに血が付いた。やはりこのカモメは、血のある場所に行ってきたのだろう。それも下半身がどっぷりつかるほどの量。
島津はカモメが雑食だと聞いたことがあった。そのため何か大きい魚の死骸を漁ったのではないか、と考えておくことにした。可能性としてはあり得るし、それ以外の可能性を考えたくはなかった。
クワァーー クワァーー クワァーー
そう考えていると、カモメは羽を広げて飛び立っていった。真っ赤な足跡を残して。先ほどからカモメの鳴き声が、人間の悲鳴に聞こえて仕方がなかった。
クワァーー クワァーー クワァーー
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『バイト・海開き最終日』
午前八時。島津たちは鎌苅家から出て、一本道を歩いていた。潮風が頬に吹きつけ、まどろんだ意識を叩き起こす。車は既に渋滞しており、駐車場は三分の一ほどが埋まり始めていた。コンクリート塀にはフジツボがついており、入江が触りながら歩いている。
三人は監視員の一人にバイトの制服を見せ、人込みをかき分けて脱衣所近くの石階段を降り、『オーシャン鎌苅』にたどり着いた。中には既に浜中と柴咲が。島津たちが来たことで従業員は揃った。鎌苅がシャッターを上げ、従業員に準備の合図を出した。
少しして監視員の客入れの声が、メガホン越しに聞こえた。それを合図に、大人数が動く足音が響く。砂浜には海水浴客が、どんどん流れ込んできた。我先にと良い場所をとるために、家族やグループで走り回っている。そして数分後には、もう『オーシャン鎌苅』から見えるスペースは、パラソルとレジャーシートで埋め尽くされていた。
最終日も相も変わらず、亥麩海水浴場は人で埋め尽くされていた。そのため『オーシャン鎌苅』の忙しさも、ほとんど変わらない。島津の(最終日だから、そんなに忙しくないだろ)という思いは、はかなく散っていった。島津は接客をしていたが、あちらこちらへと呼ばれるためてんてこ舞い。
ようやく客が落ち着いてきたときに、鎌苅から昼休憩をお願いされた。島津は厨房にいた笹垣,入江と合流をして、レジの棚の下から三千円を取り出す。このお金は鎌苅が島津たちに、昼ごはん代として渡しているものである。余ったお金は、そのままレジに入れておくようにと言われていた。
三人は小走りで『オーシャン鎌苅』を出た。人の間をすり抜けるように進み、二つ隣の店に駆け込んだ。大抵昼休憩は十分~二十分程度。そのため、あまり遠くの店には行けないので、昼食はかなり近場の店で済ませるようにしていた。と言っても、似たような店が並んでいるだけだが。
その店でそれぞれ買い物をして、おつりはポケットに突っ込んだ。いつも通り邪魔にならない所にしゃがみ込み、三人は昼食を取り始めた。
「今日終わったらどうする?観光してく?」
笹垣がかき氷を食べながら言った。目は前方を見つめ、多くの海水浴客をぼんやりと眺めている。島津が
「どっちでもいいけど・・・・じゃあ、してくか。せっかくだし」
「ん。俺もそれでいいよ。今のところ夏休みの思い出なんもないし」
入江が言った。島津が
「そういうの気にするタイプだっけ?」
「そういうのって?」
「思い出とかよ。動物のこと以外興味ないと思ってた。仏像らしくないな」
「俺もたまには気にするよ。あと仏像って言うな」
三人の間で笑いが生まれた。数分後、島津はアメリカンドッグを食べ終え、他の二人が食べ終えたか確認をする。二人共ちょうど食べ終えたようだった。島津はポケットからスマホを取り出し、時間を確認してみると、ちょうどいい時間だった。連続で同じルーティンをこなしていると、大体の時間を把握することができるようになってくる。
そう思ったと同時に、救急車の音が聞こえた。誰かが怪我でもしたのかと思ったが、その後すぐにパトカーのサイレンも聞こえてきた。何か事件でもあったのだろうかと、島津はコンクリート塀の上の道路を見た。救急車とパトカーは、島津たちを横切り進んでいく。方角的には、石碑がある方向だった。
それにつられて何気なく、石碑のほうを見たとき、島津はハッとした。石碑と道路を挟んだ所にある、ちょっとした林。そこの上空に、カモメが大量に飛んでいたのだ。
島津は昨日見た、血にまみれたカモメを思い出した。カモメは雑食で、死肉を漁ることもある。あの林の中に何があるのか、あまり想像したくはなかった。二人の顔をちらりと見ると、パトカーの方を見つめて、ぼーっとしていた。まだカモメの存在には、気づいていないのかもしれない。
わざわざ教えることでもないと考え、そのまま声をかけて、石碑に背を向けて『オーシャン鎌苅』へと歩を進めた。途中歩いている間にも、救急車やパトカーが何台か通り過ぎる。
島津はちらりと砂浜の方向を見た。海水浴客は誰もパトカーの行き先を、気にしていないようにみえる。昨日の笹垣が、言っていたことを思い出した。ゴミのない砂浜で遊び、綺麗な海で泳ぐこと以外目に入らないのだろう。笹垣が
「どこ行くんだろうな。このパトカー達」
「分からんね」
入江が返事をする。やはり二人共、カモメの存在については気づいていない。島津自身もこのことについては、あまり考えないようにすることにした。あそこに何があろうと、自分には関係がないのだから。
三人は近くにあったゴミ箱にゴミを捨て、『オーシャン鎌苅』に戻って行く。レジにお釣りを入れ、それぞれの持ち場についた。そして全員が、忙しい午後が来ることを身構えていた。
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島津たち三人は、晩御飯を食べ終えたときに、鎌苅に呼び止められて、厚い封筒を受け取った。中にはバイト代が入っており、今までの頑張りがしっかり報われた気がした。
島津たちは今日まで鎌苅家に、泊まることになっている。食卓で雑談をしていると、明日観光しに行くという話になり、鎌苅が市の中での、おすすめスポットを教えてくれた。
「海とは反対の方向に進んで行くとね、『亥麩市立博物館』っていうでっかい博物館があるよ。結構ちゃんとしてるし、市が運営してるから安い。あとお土産買うなら、その近くにあるホテルがいい。売店がこの市の中だと、一番ちゃんとしてるから」
島津たちの白紙の予定表に、その博物館とホテルの情報が書き込まれる。教えてくれた鎌苅に礼を言い、三人は客間へと戻ることにした。
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翌朝午前九時。代美子の朝ご飯を食べ、三人は客間で荷物をまとめていた。それぞれ忘れ物がないかを確認しあい、荷物の準備は完了。バイト代は落とさないように、リュックサックの奥深くに入れておいた。
約一週間ぶりに、全ての荷物が詰まったリュックを背負い、体をよろめかせながら、階段を下りていく。階段の下では、小豆が出待ちしてくれていた。茶色い丸まった尻尾を、全力で振っている。
その小豆と戯れた後、三人は靴を履いていた。すると後ろから、鎌苅夫妻が寄ってきた。
「もう帰っちゃうのか」
「寂しくなるわね、またいつでも遊びにいらっしゃい」
と、温かい言葉をかけてくれた。島津たちも世話になった礼を言い、機会があったらまた遊びに来ると言った。この言葉に噓はない。実際にこのバイト期間は、きついものではあったが、その中に楽しさもあった。それは鎌苅夫妻の存在が、大きいと島津は考えている。もちろんこのバイトに乗ってくれた、笹垣ら二人のおかげでもあるとは思うが。
その二人を見た。笹垣は外すよう言われていたピアスをつけており、少し自信があるような表情をしている。入江は小豆を撫でていた。小豆自身も入江によくなついているのか、腹を見せて撫でるのを催促している。
玄関を開けて鎌苅家から出ていくと、二人と一匹が手を振ってくれた。代美子が小豆を抱きかかえ、前足をプラプラと動かしている。可愛い。島津たちも手を振り返し、すっかり見慣れた一本道を歩いていく。海を見てみると、人はほとんどいなかった。砂浜を歩いている家族が一組いるだけ。海開きをしている時だと、考えられないことだった。
鎌苅たちの姿が見えなくなると、島津たちは海の見えるコンクリート塀にもたれながら、一度立ち止まった。島津がポケットに入れていたスマホを取り出し、教えてもらった博物館への道順を表示する。最初に博物館に行くのは、昨日の夜決めたことだった。
「こっちだな」
島津の声に他の二人が反応して、歩き出していく。横断歩道を渡り、どんどん海から遠ざかっていく。ここら辺は住宅街のようで、あまり店などはなく、ときどきコンビニやよく名前を聞くチェーン店があるだけだった。
コンクリート塀から歩き続けて、十数分。途中飲み物を買うために、コンビニに寄ったりしたが、特に迷うことなく『亥麩市立博物館』にたどり着くことができた。
建物は二階建てで、それほど大きくはなかったが、敷地は近くの公園と合体しているため、かなりの広さになっていた。周りの遊歩道には、箒をもって掃除をしている清掃員が一人。入り口の近くに黒い石板があり、そこに博物館名が彫られてあった。
三人は自動ドアを潜り抜け、中に入っていった。入って左側に受付があり、右側にはロビーがある。地面の黄色い矢印のおかげで、方向によって何があるのかが、明確にされている。三人は受付に近づき、チケットをもらうことにした。『大人(高校生以上)』『子供(15歳以下)』で分けられており、大人は三百円で子供は無料だった。鎌苅が言っていた通り、確かに安い。
チケットを買い、矢印に沿って左に曲がっていくと、改札のようなものが現れる。そこにチケットを入れると、ゲートが開き中に入れるようになった。仕組みは駅の改札と全く同じだろう。
「でっっか」
中に入ると、巨大な魚の化石がガラスの中にあり、思わず声が漏れてしまった。体長約六メートル。島津たちが横に寝転んでも、届かないほどのでかさ。下には魚の説明と、レプリカであることが書かれていた。
「魚の化石の中に魚の化石とかあんのかよ・・・・・」
笹垣が驚きの声を上げた。それは下の説明に書いてあったことで、確かにこの魚の腹あたりにも魚の化石がある。別の魚を丸吞みした状態で化石になったため、中にいた魚も化石になってしまったのだ。島津はちらりと入江を見た。予想通り目が輝いている。頭の中は白亜紀の世界でいっぱいなのだろう。
その後も恐竜の骨,隕石,亥麩海水浴場で見つかった珍しい生き物など、壁には亥麩海水浴場ができた経緯や、釣りスポットなどが記されている。人もそれほどいなかったため、ゆっくり見ることができた。多種多様な展示品があり、飽きることもない。レプリカのものも多くあったが、それでも説明や見せ方は凝っており、読んでいても見ていても楽しかった。笹垣が
「面白かったな」
「思ってたよりもね」
入江は満足そうな顔をしていた。入り口から入って、正面に進んで行くとスロープがあり、二階へと上っていける。二階に上がる途中の壁紙には、化石や恐竜などが書かれていた。
二階はかなり薄暗く、内容は今までの亥麩市の歴史についてだった。液晶機器が点々と置かれていて、ボタンを押すと過去の映像が流れる。初めて海開きをしたときの映像や、この博物館が作られた時の映像。あまりそそられるものではなく、一階に比べると面白くなかった。そのため二階は早々に切り上げることになった。
一階に降りると、ロビーの奥に食堂があることに気づいたため、そこで食事をとることした。昼頃にもかかわらず、人はそれほどいなかったので、好きな席に座ることができた。色々な店があったが、メニューは海鮮が多かった。それぞれ昼食を頼み、食事をした。
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三人は博物館を出て、遊歩道を歩き始める。緑が生き生きとしており、家族連れともすれ違った。ここは秋になったら、紅葉でとても綺麗になるだろう、と島津は考えた。少し歩いていると、高いビルが見えてきた。笹垣が
「あれがホテルか?」
「かな」
島津が返事をする。すると。脇にブランコや滑り台がある、小さな公園が出てきた。人はいない。島津はブランコや滑り台を、久しぶりに見た気がした。高校生になったあたりから、公園で遊ぶことはどんどん減っていっていた。スマホを手にしたときから、友達と遊ぶ場所は、家や近場のデパートなどに移っていく。これは遊びの幅が広がるから、というのもあるのだろう。
「なぁ、ちょっと寄ってかね?そこの公園」
島津は気づくと口に出していた。
「いいよ。たまにはブランコにでも乗りますか」
「いいけど、ブランコ二つしかなくね?」
笹垣の言葉で、三人は顔を見合わせる。その瞬間、一斉にブランコに向かって走り始めた。雑草が生い茂った芝生を踏みしめ、しっかりとした樹木の間を通り抜ける。久しぶりに走ったからと、重い荷物を持っていたせいで、三人は何度もこけそうになった。だが、笑いが止まらない。結局ブランコに座れたのは、島津と入江だった。
「はぁはぁ・・・・タバコやめるか」
笹垣はブランコの、周りの手すりに座っており、全員のリュックサックは、ブランコの柱に立てかけてまとめられた。島津と入江はブランコをこぎ始める。ブランコはきしんで、鈍い音を立てていた。
「なぁ、ちょっとしたらまた変わってくれよ」
笹垣が地面の砂を蹴りながら言った。少しして、島津は立ちこぎを始めた。ブランコの勢いをどんどん増させていく。昔よりも身長も体重も伸びているため、ブランコで感じたことのない、スピードを出すことができた。夏の湿った空気を全身に浴びる。それがたまらなく気持ちよかった。
その後も三人は童心に帰って遊んだ。小さな公園だったため、鬼ごっこやかくれんぼはできなかったが、だるまさんがころんだなどをしてみた。気づけば三時間以上も遊んでおり、時刻は午後三時過ぎに。島津が
「そろそろ行くか、思ったよりもはしゃいじゃったな」
「おう、そうだな。意外と楽しかったわ」
息切れが治った笹垣が返事をした。そして三人は、荷物を背負ってお土産を買うために、ホテルへと向かった。遊歩道を抜けると、先ほど見た住宅街に戻り、景色に変化は見られなくなった。家に囲まれていても、ホテルは見えていたので迷うことはない。
ホテルの名前は『ホテル軽福』。大きい入り口の上の部分に、金属板のプレートがあり、そこに文字として彫られていた。三人が中に入っていくと、先ず受付が見える。人はかなりいて、今が夏休みだということを、改めてわからされた気がした。右に入っていくと、売店がいくつもあり、商品も充実していた。亥麩市のお土産を買うには、苦労しない場所。
そこで三人はそれぞれのお土産を買った。海鮮を使ったものが多く、『たこせんべい』や『アサリの釜めしの元』などがあった。島津はたこせんべいと、帰りに食べる用のガムを買った。売店の壁には張り紙が貼ってあり、そこには『巨大せんべい体験会! 一人800円』という文言と、プレスをしている男の人の絵が書かれている。おそらくはホテル側が宿泊客向けに、提供しているサービスであり、先ほど宿泊客の子どもが、大きなせんべいを食べているのを、三人とも見ていた。
今度来たらやってみようと思い、帰りの電車のためにトイレを済ませて、三人はホテルを出た。後は駅に向かい、地元に帰るだけである。再び住宅街に出て、道を歩き始めた。
島津は帰ることが惜しくなっていた。知らない間に、愛着でも沸いたのだろうか。歩いていると、カモメの鳴き声が聞こえてきた。駅までの道のりの最中に、再びコンクリート塀のある一本道を通る。鎌苅家から『オーシャン鎌苅』をつなぐ、あの一本道。海が近くなっているので、カモメの鳴き声が聞こえてきたのだろう、と島津は考えた。
そうこうしているうちに、その一本道に出た。そこから砂浜を見ると、人っ子一人いない。コンクリート塀に沿って歩いていると、笹垣が
「海寄ってかね?ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ」
「賛成」
入江も乗り気だった。かくいう島津も言わずもがなだった。三人は何度も昇り降りした石階段をおり、砂浜へと向かう。時刻は午後四時過ぎ。日は少しずつ傾きかけて、砂浜を薄くオレンジ色に染めていた。
ザザァ・・・・・ザザァ・・・・・
海まで近づいていくと、波の音も聞こえてきた。島津たちは荷物を邪魔にならない場所に置き、靴と靴下を脱いでまとめた。そして三人は波の中に入っていった。
「ほれ」
ジャバッ
笹垣が島津に、水をかけてきた。
「おい、おら」
ジャバッ
島津が笹垣に水をかけた。入江は
「あ、おいおい!蟹いるよ、蟹」
「え?どこ?」
入江の近くにいた笹垣が探す。島津はポケットにスマホを入れたままだったことを思い出し、壊れていないかを確認して、荷物のところに置いてきた。笹垣と入江は、膝がつかるほどのところまで、海に入っている。島津も再び波の中に入り、あまり入りすぎるな、と言おうとしたときに、足に何かが当たった。最初はどこにいるのかわからなったが、手で探って見るとヒトデだった。砂の色をしてるので、ぱっと見ただけでは、なかなか気づけない。擬態というやつなのだろう。島津はそれを持ち上げた。
「おい、ヒトデいるよ!ヒトデ」
「お、ホントだ。なんでもいるんだなここ」
と笹垣が返事をした。入江はまだ先ほど見つけた、蟹を探しているようだった。島津は楽しかった。そして、この二人とこのバイトをしてよかった、と心から思った。実際に言うのは小恥ずしかったため言えなかったが、また二人とここに来たいという思いは伝えておこうとした。
「なぁ、二人共」
「ん?」
「なに?」
「またここに一緒に来ようぜ。今度は旅行でさ。海開きしてるときに」
「うん・・・いいよ」
「まぁ・・・・それは全然いいんだけど・・・」
クワァーー クワァーー クワァーー
二人の歯切れが悪かった。夕日をバックに思いを伝えるというのは、なかなかロマンチックだし、二人も嫌ではないと思っていたのだが。二人は顔を何度か見合わせている。
ザザァ・・・・・ザザァ・・・・・
「なぁ・・・・島津」
「何?」
「お前の後ろにいる子、誰?」
「え?」
島津は急いで後ろを振り返った。そこには男の子がいた。下は海パンをはいている。と思ったのだが、どうやら違う。下の黒色の部分は、男の子の皮膚だった。模様のようになっている。生殖器がない。男の子はにっこりと笑い、嬉しそうにこちらを見ている。
ゾッとした。全身に鳥肌が立ち、脳が異常事態だとアラームを発している。それと同時に、一昨日忘れたはずの男の子のことが蘇ってきた。あの子だと直感的に分かった。忘れることができていた記憶。
「やっぱり見えてるね」
無邪気で明るい声だった。幼い子供の声。どんどんこちらに近づいてくる。島津は逃げ出したかった。だが、足が動かない。下半身への脳からの信号が、完全に遮断させられているようだった。
「なぁ、島津?その子だれ?」
笹垣が大きな声で言った。笹垣と入江はこの子が例の男の子だと、気づいていないようだ。自分の体に隠れて、この子がよく見えていないのだろう。
「にえをよこせ」
複数人の声が、混ざったような声だった。頭の中で今の言葉が反響する。にえをよこせ。その間にもどんどん近づいてくる。男の子の足を波が濡らす。先程まで聞こえていたはずのカモメの鳴き声や、波の音はもう耳に届かなくなっていた。
「島津?」
二人がこっちに近づいてくる。だめだ。来ちゃいけない。逃げなければ。どこか遠くに。叫んで警告したかったが、喉に栓が詰まったように声が出ない。足の感覚がなくなってきている。海水の冷たさがわからない。男の子は目の前までやって来た。
「いたただきます」
低い女の人の声だった。
一瞬の悲鳴のあと、亥麩海水浴場からは誰もいなくなった。閑散とした観光地に、カモメの鳴き声と波の音が響いていた。
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鎌苅の朝は早い。海開きをしていないときでも、朝六時には起きる。そして愛犬と一緒に、海沿いをランニングするのだ。上下ジャージに着替え、小豆にリードをつける。代美子はまだ寝ている。玄関の鍵を閉め、段々と寒くなってきた初秋の空気を肌で感じる。小豆も一度身震いをした。
そして小豆のペースに、合わせながら走り始めた。何度も通った一本道。繫忙期は渋滞しているこの道も、朝早いためか誰もいない。フジツボが生息している、コンクリート塀の奥に広がる海を、何気なしに見た。何度も見ているこの光景に、一つ異物を発見した。遠くにある波打ち際に、何か肌色のものがある。場所的には自分の店の前方。
クワァーー クワァーー クワァーー
それを目で捉えながら、どんどん近づいていく。カモメの鳴き声も聞こえてきた。何かを気にしているご主人様とは反対に、小豆は全力で走ることを楽しんでいるようだった。舌を出し、朝の空気を嗅ぎながら目を細めている。
異物との距離が直線的になると、詳しい情報もわかり始めた。それは肌色で三つある。等間隔に横に並んでおり、平べったい。大きさは三つともかなり大きい
魚の死骸か、観光客の忘れ物かと鎌苅は考えた。どちらにしろ、亥麩海の会に入っている者として、あれがなんなのかは把握しておいたほうがいいだろう。
いつもの石階段を降り、砂浜に踏み込む。小豆の肉球も砂浜にしっかりと残されている。異物に近づいていくと、それが何なのかが分かった。小豆が吠え始め、近づくのを拒んだ。
ザザァ・・・・・ザザァ・・・・・
それは海に向かって土下座をしている人だった。指先と頭が波によって濡れている。三つ。いや、三人。服を着ていない。その内の一人の髪の毛の色に、見覚えがあった。頭頂部が黒くなった金髪。耳にはピアスをしている。
妄想ですらたどり着けない異常な状況に、鎌苅の頭はショートしていた。ただ、あの三人でなければいいと願った。ランニングをした後の、荒れた呼吸が潮風と共に流されていく。小豆も未だに吠え続けている。だが、先ほどとは違うのは、鎌苅の後ろに向かって吠えていることだった。
ザザァ・・・・・ザザァ・・・・・
クワァーー クワァーー クワァーー
ザッ ザッ ザッ ザッ
カモメの鳴き声,波の音、それらに交じって、こちらに誰かが歩いてくる音を鎌苅は聞き取っていた。
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『発見された遺体について』
見つかった遺体の数は四人と一匹。周りに所持品のようなものはなく、当初は身分がわからなかったが、行方不明届けが出されている時期や、防犯カメラの映像から、他県の大学生であることが分かった。それぞれ
「島津凛太郎」
「笹垣康太」
「入江文人」
の三人である。この三人は死亡時刻もほぼ同じであった。残りの一人は、市内に住む男性であり、海の家の経営者である
「鎌苅真也」
そして近くにいた、柴犬の死体は彼のペットであることが分かっている。ペットは四人の近くで倒れており、死因は頸動脈を何者かに嚙み切られたことによる、出血性ショックだった。歯形は人間のものだと考えられている。死亡時刻は発見されてからの二時間前であり、発見したのは亥麩市に旅行に来ていた家族だった。鎌苅真也も同じである。
四人はそれぞれ海の方向に正座をして頭を下げる、いわゆる土下座をしており、眼球や内蔵などの中身が、すべて抜かれていた。代わりに砂や海藻で満たされていたため、死体の重量はかなりのものだった。
死因は首を絞められた跡,外傷,血液中から毒物などが発見されていないことや、全員の血管が膨張していたことなどから、溺死とみられている。
当件は不可解な点が多く、解決には時間がかかると見られている。
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ザ
ザザ
ザザァ・・・・・ザザァ・・・・・
・・・ro」
「Hey!bro(へい!兄弟)」
「What the hell is that creepy thing? Frisk (その気味の悪い物体はなんだ?フリスク)」
「I don't know either! It was just there when I got here.(俺だって知らないよ!来たらあったんだ)」
「Rotten fish? No, it doesn't get this round.(腐った魚か?いやこんなに丸くはならないか)」
「It's not rotten, it doesn't smell.(腐ってはないぜ、臭いがしないからな)」
「Then what the hell is it? Or rather, what's that piece of cloth lying nearby?(じゃあ何だってんだよ。というか、その近くに落ちてる布は何だ)」
「Is this it? Huh? There's something written here... Can't read it. It's a foreign language.(これか?ん?なんか書いてあるな・・・・・読めんな。外国語だ)」
「Show me too.(俺にも見せてくれ)」
「Here you go.(ほい、どーぞ)」
「Yeah, you're right. I can't read it either, but this script looks like it's from an Asian language.(ほんとだな。俺にも読めんが、この特徴はアジアの言葉だろ)」
「Asia, huh... But it kinda looks like what we wear, you know? Fluorescent colors and all. Either way, as a lifeguard, I can't let this trash pollute our beautiful Hawaiian beach. Alright, Mark. Throw this away for me.(アジアねぇ・・・・でもなんか俺らが着てるのに似てるなぁ、蛍光色だし。どちらにしろ、この美しいハワイのビーチを汚すとは、ライフセーバーとして許しておけんぜ。それじゃ、マーク。これ捨てといてよ。)」
「Hold on, hold on. I don't want to touch it either. As an honorary lifesaver, Frisk, you should be the one to throw it away.(待て待て。俺だって触りたくない。ここは名誉ライフセーバーとして、フリスク。お前が捨てるべきだ。)」
「I don't remember agreeing to that! Fine, then let's carry it together. I'll take this end.(そんなのになった覚えはない!・・・分かった、じゃあ二人で運ぼう。俺こっち持つから)」
「Hey, hey... Whoa, it's all squishy. Seriously, shouldn't you have brought tongs?(へいへい・・・・・うわぁ、ぶにぶにしてるな。てか、トング持ってくれば良かったのでは?)」
「I don't have time for this. It's not like this kind of thing usually comes my way. Huh?(時間がないからな、普段からこんなの流れてくるあるわけじゃないし。ん?)」
「It moved...? Fuck! It's twitc(動いた・・・?何だ!?痙攣し
パンッ
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6 人の心がない
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