第2話

ハジマリの村から王都へ戻ったクラウスを待っていたのは、深夜だというのに昼間のように明るい空と、役所を取り囲む怒号の嵐だった。


「室長!到着しました!ここが現場の『王都中央役所』です!」


「……酷いな」


クラウスは目の前の光景に絶句した。役所のロビーは、この世とあの世が混線したカオスと化していた。


「じ、爺ちゃん!?なんで生き返ったんだよ!葬式は先週やっただろ!」


「うるさいわい!ワシはまだ死にたくないんじゃ!それよりタンスの裏に隠していた金貨、どこへやった!」


「えっ……そ、それは……葬儀代と、俺の借金の返済に……」


「バッカモーーーン!!ワシの金を勝手に使いおって!返せ!今すぐ返せェェ!」


あちこちで「死に装束の老人」と「喪服姿の遺族」が掴み合いの喧嘩をしている。  聖女マリアがパレードの最中に「みんな元気になぁれ☆」と放った極大回復魔法が、近隣の墓地や霊安室にまで届き、死者まで元気にしてしまったのだ。


「室長、これ……どう処理すれば……」


「まずは『死亡届』の取り消し手続きだ!それと『遺産分割協議』の無効化!弁護士ギルドを叩き起こせ!……くそっ、一度死んだなら大人しく成仏してろよ!」


クラウスが怒鳴りながらカウンターへ向かうと、そこにはさらなる異常事態が待っていた。


◇◇◇


「だから!どうして発行できないのよ!私よ、私!」


パスポート申請窓口で、見た目は10代の美少女(ピンク髪のツインテール)が、カウンターをバンバン叩いて激怒している。だが、彼女が提示している身分証の生年月日は「82年前」だった。


対応している職員が泣きそうな顔で叫ぶ。「無理ですお客様!戸籍上の年齢は82歳!でも見た目は16歳!これじゃ『本人確認』が通りません!生体認証もエラーが出ます!」


「失礼な!聖女様の『アンチエイジング・ヒール』を浴びたら、お肌がツルツルになっちゃったのよ!これからハワイへ慰安旅行に行くんだから、早くスタンプ押しなさいよ!」


「そう言われましてもぉぉ!」


クラウスは額を押さえた。「若返り」。女性にとっては夢の奇跡だが、行政にとっては「個人識別崩壊」でしかない。


「……ハンス、鑑識を呼べ。指紋とDNAで本人確認だ。それから、その美少女ババアを別室へ連れて行け。……昔話のクイズを出して、正解したら本人と認めてやれ」


「は、はい!……えっと、おばあちゃん、初恋の人の名前は?」


「うるさいわね! アンドリューよ!」


クラウスは手帳を取り出し、震える手で書き込んだ。


『旅券法違反および身分証偽造幇助。……若返らせるなら、戸籍データも書き換えてからにしろ』


◇◇◇


徹夜の対応により、なんとか騒動が鎮火したのは翌日の昼だった。生き返った祖父たちは「腰が痛いからやっぱり死にたい」と言い出し、若返った美少女(82歳)は「ナンパされた」と喜んで消えた。役所のロビーには、山のような「戸籍修正書類」と、過労で倒れた職員たちだけが残された。


クラウスは、カウンターの隅に置かれていた、一枚の可愛らしい便箋を見つけた。  聖女マリアからの置き手紙だ。


『役所のみなさまへ♡ 街のみんなが、笑顔で元気になりますように! 生き返ったおじいちゃんたちとお話しして、家族の絆を深めてくださいね! お礼はいりません。神様の愛です!  P.S.次に行く街でも、たくさん奇跡を起こしてきますね!』


 ビリッ。  ビリビリビリビリビリ……。


クラウスは無表情で、手紙を分子レベルまで細かく引き裂いた。


「……ハンス」


「は、はい」


「手帳を出せ。聖女マリアへの請求項目だ」


クラウスは、ゴミ箱に紙吹雪(元・手紙)を捨てながら、呪詛のように呟いた。


「『戸籍法違反』『身分証偽造幇助』と……一番重い罪がある」


「い、一番重い罪?」


「『年金財政破綻未遂罪』だ」


クラウスの目が、眼鏡の奥で赤く光った。


「当たり前だ!死人が生き返って年金受給期間が延びたら、国の財政計算が狂うんだよ!あいつは国庫を殺す気か!生き返った分の年金は、全額聖女に請求してやる!」


 バキィッ!!  


クラウスの手の中で、眼鏡が粉々に砕け散った。


「……あと1人。……絶対に逃がさんぞ。地獄の底まで追いかけて、確定申告させてやる」


 役所の窓口に、社畜の殺気立った声が響く。


「ラストは……『賢者』ウィズか。あのジジイ、天候操作で『雨乞い』ならぬ『ゲリラ豪雨』を引き起こしたらしいな……」


勇者一行の行政処分執行まで――あと1回の「やらかし」。

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