第3話

「賢者がゲリラ豪雨を起こした」という通報を受けたクラウス。彼は休む間もなく、泥だらけのスーツの上から雨合羽を羽織り、地下の備品室から『緊急用ゴムボート』を引きずり出した。


「ハンス!行くぞ!『水防本部』の立ち上げだ!」


「し、室長!外の様子が変です!ただの雨じゃありません!」


 二人が地上への扉を開けた瞬間。


 ドゴォォォォォン!! 轟音と共に、茶色い濁流が階段を駆け下りてきた。


「うわぁぁぁぁ!?」


「くそっ、地下に行ってまだ十分だぞ!想定以上だ!全員ボートに乗れぇぇ!!」


王都はすでに、ヴェネツィアも真っ青の水上都市(汚水まみれ)と化していた。  道路は川となり、看板や馬車が流されている。降水量は1時間で500ミリ。バケツをひっくり返したどころではない、滝の中にいるような状態だ。


クラウスは荒れ狂う波の上でボートを操縦し、空を見上げた。そこには、諸悪の根源である賢者ウィズが、雨雲の下で気持ちよさそうに浮遊していた。


「ふぉっふぉっふぉ!どうじゃ、恵みの雨じゃ!これで農作物の水不足も一発解消じゃろう!」


クラウスは拡声魔法器のボリュームを最大にして絶叫した。


「解消どころか過剰供給なんだよボケジジイ!!王都の治水能力を計算に入れろ!!」


「なんと? せっかくの善意を……無粋な役人じゃのう」


「善意で街が沈むんだよ!見ろ、あっちを!」


クラウスが指差した先。王都のマンホールというマンホールから、圧力に耐えきれなくなったドス黒い水が、間欠泉のように噴き上がっていた。


「雨量が多すぎて下水処理場がパンクしたんだ!汚水が逆流してるぞ!」


 ボコォッ!!  


賢者の真下のマンホールが爆発し、汚水の柱が彼を直撃した。


「ぶべっ!?く、臭っ!?なんじゃこの水は!」  


賢者が鼻をつまんで悶絶する。


「お前のせいだよ!!これは明確な『河川法違反(河川区域内の無許可行為)』および『特定都市河川浸水被害対策法違反』だ!消毒費用だけでいくらかかると思ってんだ!!」


クラウスはボートの上で、流れてくる土嚢を必死に積み上げた。この汚水騒ぎによる下水道の破損が、後に勇者たちを苦しめるのだが……今のクラウスには知るよしもない。


◇◇◇


ずぶ濡れのまま、仮設テントの本部に戻ったクラウスに、今度は軍部からの緊急ホットラインが入った。真っ赤なランプ。最高レベルの緊急事態だ。


『特務室!大変だ!国家最高機密である戦略級魔法『メテオ・ストライク』の術式が、ネットに流出している!』


「……は?」  


クラウスが防水仕様の魔導端末スマホを確認すると、大手掲示板『魔導フォーラム』に、とんでもないスレッドが立っていた。


【誰でも使える】古代の禁呪『メテオ』のソースコード解析してみたw【拡散希望】


投稿者は『Sage_Wiz(賢者ウィズ)』。そこには、国が数億ゴールドかけて研究・隠蔽してきた、軍事機密の魔法陣の構造が、事細かに解説されていた。しかも『使用フリー!改変OK!みんなで星を落として遊ぼう!』というコメント付きで。


 クラウスは泡を吹いて倒れそうになった。賢者を問い詰める。


「おいジジイ!!何をしてくれたんだ!!世界が終わるぞ!!」


「ん?ああ、古代遺跡で見つけた面白い術式じゃよ。知識は万人の共有財産じゃろ? 若い魔術師たちの勉強になればと思ってな」


賢者は「いいことした」という顔で笑っている。この老人は、魔法の腕は超一流だが、ネットリテラシーが壊滅していた。


 バキィッ!!  


クラウスの手の中で、端末がへし折れた。


「共有財産じゃねえよ!!それは『大量破壊兵器』だ!!」


クラウスは賢者の首を絞め上げた(心の中で)。


「貴様がやったのは『魔法特許権の侵害』および『不正競争防止法違反(営業秘密の開示)』!さらに『プロバイダ責任制限法』に基づき、サーバーごと物理破壊するハメになったぞ!!」


「ええー……堅苦しいのう。『いいね』がたくさん付いたのに」


「『いいね』で国が滅ぶんだよ!!削除だ!今すぐ削除しろ!!」


◇◇◇


夕暮れ時。水浸しになった王都と、削除作業に追われる魔導省の官僚たちを背に、クラウスは泥だらけの手で手帳を開いた。


「……ハンス」


「は、はい。生きてます」


「賢者ウィズへの請求項目だ」  


クラウスの声は、もはや怒りを通り越して、冷徹な執行官のそれになっていた。


「1.ゲリラ豪雨による『河川法違反』および『下水道復旧費』」

「2.禁呪流出による『知的財産権侵害』および『防衛秘密漏洩罪』」


「……これ、賠償金いくらになりますか?」


「国家予算3年分だ」


クラウスは、水没した王都復興局の看板を見上げた。勇者、聖女、そして賢者。  3人がかりで、この国を法的に、物理的に、経済的に滅ぼしかけている。


「……室長、もう十分でしょう。これ以上は……」


「ああ、十分だ」


クラウスは、パンパンに膨れ上がった手帳罪状リストをバタンと閉じた。  その瞳から、迷いは消えていた。あるのは、冷徹な執行官としての殺意だけだ。


「証拠は揃った。裏付けも取れた。……これより、『総決算』を行う」


「い、今からですか!?」


「準備は整った。……行くぞハンス」


 クラウスは泥水のようなエナドリを飲み干し、空になったボトルを握りつぶした。


「奴らを全員、法的にしばき倒してやる」


 勇者一行への行政処分執行まで――残り0秒。  次はいよいよ、最終話。

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