第1話

空間転移の光が収まると、そこには地獄が広がっていた。


「出せぇ!その切れ端は俺の土地だァ!」


「ふざけんな!勇者様は俺の息子にくれたんだ!よこせ泥棒!」


のどかな田舎町であるはずの『ハジマリの村』が、燃えていた。あちこちで黒煙が上がり、くわや鎌を持った村人たちが、血走った目で殴り合っている。


「ひぃぃ!室長、これ内乱ですよ!魔王軍の残党に洗脳でもされたんですか!?」  


部下のハンスが腰を抜かす。


クラウスは眉間にしわを寄せ、冷静に戦場を見渡した。


「洗脳ならまだマシだ。魔法で解けるからな。……だが、これはもっと厄介だぞ」


村人たちが奪い合っているのは、食料でも金貨でもない。指先ほどの大きさの、羊皮紙の切れ端だ。


「やめてくれぇぇ!争わないでくれぇぇ!」  


村の広場で、村長が頭を抱えて泣き叫んでいる。


クラウスは風のように駆け寄り、村長の胸ぐらを掴み上げた。


「おい!王都復興局だ!状況を説明しろ!」


「あ、あんたは役人さん!た、助けてくれ!勇者様が……勇者様が去り際に!」


村長は震える手で、一枚の紙片を差し出した。そこには、達筆な字で『参上!』と書かれている。だが、クラウスが注目したのはその「裏面」だった。


王国の公印の一部。そして『……有権……原本』という文字。クラウスの顔から、急速に血の気が引いていく。


「……おい。まさかとは思うが」


「は、はい……。勇者様が『サインくれ』と言う子供たちのために、手頃な紙がないからと、役場にあった一番上質な紙を……つまり村の全土地を管理する権利書を……」


村長は泡を吹く寸前だった。


「手でビリビリに破いて、裏にサインして、子供たち全員に配って行かれたんです!登記簿が……登記簿が物理的に消滅したから、誰がどの土地を持っていたか証明できないんですぅぅ!」


 ピキィィィン!!


クラウスの頭の中で、何かが焼き切れる音がした。


事態は、魔王の復活より深刻だった。この国において、権利書の原本は絶対だ。「権利書を持つ者=土地の所有者」である。つまり勇者は、物理的に村の土地を分割し、子供たちに「譲渡」してしまったことになる。


親たちが「俺の子供が持っている紙こそが、一等地の所有権だ!」と主張して殺し合うのも無理はない。勇者の善意ファンサが、村一つを消滅させる火種になったのだ。


「室長!村人が暴徒化しています!止められません!」


クラウスは懐から拡声魔法器メガホンを取り出し、最大出力で咆えた。


「動くと『公務執行妨害』および『不動産登記法違反』!ついでに『固定資産税の未納付』まで遡って追求するぞコラァァァ!!」


ビリビリと空気が震え、村人たちが一瞬怯む。その隙に、クラウスは高速で指示を飛ばした。


「ハンス!『広域鎮圧用結界』を展開!村人を一箇所に閉じ込めろ!修復班は散らばった『紙切れ』を回収しろ!切手サイズの欠片一枚でも見逃すな!」


「し、室長はどうするんですか!?」


「俺は村長と『パズル』だ!……急げ!風で飛ばされたら、この村は地図から消滅するぞ!」


◇◇◇


 そこからの作業は、泥沼だった。


「あったぞ!井戸の中に破片が!」


「室長! ヤギが! 勇者様の『勇』の字を咀嚼しています!」


「吐かせろ!『男』の部分だけでも回収しろ! それがないと法的効力がなくなる!」 


クラウスはヤギにタックルし、その角を掴んで格闘した。  


メェェェ!と鳴くヤギの口から、ヨダレまみれの紙片(住所の一部)を奪い返す。


「くそっ、汚ねぇ!だが貴重な証拠物件だ!」


クラウスたちは泥まみれになりながら、村中を這いつくばった。回収した数百枚の紙切れを、広場のテーブルに並べ、ピンセットと魔法の糊で繋ぎ合わせていく。


それは、世界で一番難易度の高い、そして一番生産性のないジグソーパズルだった。


「……ここが合わない。右上の『甲第3号証』の部分がないぞ」


「ああっ! 子供がポケットに入れて隠し持っていました! 『勇者様のサインは渡さない』って!」


「確保ォォォ!!代わりの色紙とお菓子を渡して交渉しろ!!」


日が暮れ、夜が明け、また日が暮れた。丸二日間の不眠不休の作業。クラウスの目は充血し、高級スーツはボロ雑巾のようになっていた。


そして、ついに。  


つぎはぎだらけの『土地権利書』が、テーブルの上に復元された。


「……できた」


クラウスは震える指で、最後のピースをはめ込んだ。裏面には、勇者の能天気なサインと『みんな仲良く!』というメッセージが、バラバラに踊っている。


「確認しろ、村長。これで全部か?」


「は、はい……間違いありません。公印も繋がりました……これで村は……土地は守られたんですね……」  


村長が泣き崩れる。


結界から解放された村人たちも、正気に戻って頭を下げた。


「すまねぇ役人さん……俺たち、勇者様のサインを見てたら、おかしくなっちまって……」


「今後は、きちんと役場で登記し直します……」


一件落着。村は救われた。内乱は防がれた。だが、クラウスの心は晴れない。疲労と寝不足で、視界がぐらぐら揺れている。


帰り際、サインを取り上げられた子供が、クラウスの袖を引いた。


「ねえおじちゃん。勇者さまは?勇者さまはいつ帰ってくるの?」


その純粋な瞳。この村を守った(そして壊しかけた)英雄への憧れ。


クラウスは、こめかみの血管を極限まで脈打たせながら、引きつった笑顔を作ってしゃがみ込んだ。


「勇者様はね、王都で忙しいんだ」


「ふーん。えらいんだね」


「ああ、えらいえらい。……でも安心してくれ」


 ギリッ。  


クラウスが握りしめた拳の中で、自分の爪が皮膚を突き破った。


「おじさんが必ず、勇者様に会いに行くから」


 クラウスは、子供の頭を優しく撫でた。その手は殺意で震えていた。


「君たちが流した涙と、このボロボロの権利書の修復費用……きっちり『お土産』として届けてあげるからね」


「わーい! おじちゃんありがとう!」


◇◇◇


村を去り、人気のなくなった街道沿いまで戻ってきた時だった。


「…………」


「し、室長? 顔色が土気色ですけど……」


クラウスは無言で、道端の大木に向かって歩み寄った。  


そして。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


自分の額を、木の幹に打ち付け始めた。


「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!」


「し、室長ォォォ!!やめてください!木が!木が折れます!」


「ふざけんなァァァ!『みんな仲良く』だァ!?テメェのサインのせいで殺し合い寸前だったんだよォォォ!なんだあのパズルは!ヤギのヨダレ臭ぇんだよクソガキがァァァッ!!」


クラウスは血の滲む額で、夜空に向かって絶叫した。


「ハンス。手帳を出せ」


「は、はい!」


「請求項目追加だ。『地方自治法違反』『公文書毀棄きき』『内乱扇動罪』。それから俺の休日出勤手当48時間分!」


「か、書きました!」


クラウスは、ボロボロになったスーツの埃を払い、ギラついた目で王都の方角を睨みつけた。


「……戻るぞ。まだこれは序の口だ。次は……『聖女』のマリアだ。あの女、神殿の許可なく勝手に『死者蘇生』を乱発したらしい」


「ひぃ……そ、それって……」


「ああ。『戸籍法違反』と『年金不正受給幇助』だ。……地獄を見せてやる」


勇者一行の行政処分執行まで――あと2回の「やらかし」。

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