『王都復興局・特殊対策室、ただいま残業中』 ――勇者パーティーが国家予算を溶かした件について【カクヨムコン11短編】

秋月慶

プロローグ

 ドォォォォン!!


王都の夜空に、五色の魔法花火が打ち上がった。地鳴りのような歓声が、分厚い石壁を隔てた地下室にまで響いてくる。


「勇者レオン万歳!聖女マリア万歳!我らが救世主に栄光あれ!」


世界は救われた。魔王は倒れ、千年続いた闇の時代は終わったのだ。誰もが涙し、抱き合い、平和の訪れを祝っている。


――だが。王城の地下二階にある『王都復興局・特殊対策室』だけは、お通夜のような静けさに包まれていた。


「……五月蝿うるさい。振動でハンコが2ミリずれただろう」


室長のクラウス(32歳・独身)は、天井から落ちてきた埃を指先で払い、冷徹に呟いた。彼のデスク周辺は、書類の要塞と化している。


……その高さは既に人の背丈を超えていた。


「し、室長!外はパレードですよ!僕たちも少しは見に行きませんか?」  


新人の部下ハンスが目を輝かせて言うが、クラウスは書類から目を離さなかった。


「ハンス。お前はまだ知らないだけだ」


「え?」


「『平和』という言葉の本当の意味をな」


クラウスは愛用の水筒を取り出し、蓋をねじ開けた。中身は、カフェイン草の濃縮液にポーションの廃棄カスを煮溶かし、砂糖と気付け薬をブチ込んだ特製ドリンク『クラウス・スペシャル』。色はドブ川のような紫色だ。


彼はそれを一気に流し込んだ。  


 ゴキュッ、ゴキュッ、ブハァッ!


「……キマった」  


クラウスの瞳孔がカッと開き、死んだ魚のような瞳に、怪しい光が宿る。


「いいか、ハンス。勇者レオンが旅に出たのは3年前だ。当時のこの国は、剣と魔法が全ての『ファンタジー王国』だった」


「はい、そうでしたね」


「勇者は知らないのだ。奴が脳天気にスライムを狩り、焚き火を囲んで『仲間との絆』を深めている間に――残された我々公務員が、魔王軍との総力戦を支えるため、血反吐を吐きながら国を『超・近代化』させていたことを」


そう。今のこの国は、かつてのような牧歌的な国ではない。莫大な戦費を賄うための『厳格な税制』や『鉄壁の都市計画法』。魔法の使用には免許が必要で、ダンジョン探索には環境アセスメントが必須だ。


彼らは生き残るために、国を「ファンタジー」から「ガチガチの法治国家」へと無理やり進化させたのだ。


「そして今日。何も知らない、法律の『ほ』の字も知らない馬鹿が、3年前の感覚のまま、強大な力を振り回して帰ってきた」


クラウスは、壁に貼られたカレンダー――真っ赤な『勇者帰還予定日』の文字――を見つめ、深く深いため息をついた。


「奴らにとってはハッピーエンドだろう。だが、俺たちにとっては『災害』の始まりだ」


その時。  


 ジリリリリリリリッ!!!


デスクの上の「緊急魔導通信機ホットライン」が、鼓膜をつんざくような警報音を上げた。赤いランプが激しく点滅している。


「ほら見ろ。……ゴングが鳴ったぞ」


 クラウスは3秒で受話器を取った。


「はい、対策室。……なに?北の『ハジマリの村』で内乱?原因は……勇者が去り際に配った『サイン色紙』だと?」


 受話器の向こうの報告を聞きながら、クラウスの表情から生気が消え失せていく。

 

「……了解だ。直ちに向かう」


ガチャン!  


クラウスは受話器を置き、重たい身体を引きずって立ち上がった。その背中には、世界中の疲労を背負ったような哀愁が漂っている。


「行くぞハンス!『尻拭い』の時間だ!」


「は、はいぃぃッ!」


英雄が笑顔で通り過ぎた後には、必ずペンペン草も生えないほどのトラブルが残る。それを笑顔で、完璧に処理する。それが、この『特殊対策室』の仕事だ。


「……夢を見させてやるのも楽じゃないな」


王都の地下に、社畜の虚しい独り言が消えていった。これより始まるのは、剣と魔法ではなく、隠蔽工作と残業による、泥沼の戦いである。

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