2話 プロローグ2
街の境界線には、天を突くような防壁と重厚な鋼鉄の門がそびえ立っていた。
管理された安全な街と、モンスターが跋扈するフィールドを分かつ最終防衛線だ。
門の前には、数人の門番と、最新鋭の魔導スキャナーを備えた検問所。
湊はそこを「フィールドへ移動するためのロード挟みポイント」程度に思いながら、ふらふらと近づいていく。
「おい、君。そっちは一般人立ち入り禁止だぞ」
案の定、鋭い声で門番に呼び止められた。
湊は「やっぱりフラグが必要か」と内心で毒づきながら、適当な言い訳を探す。
「……外の様子を、ちょっと見たくて」
「冗談はよせ。C級以上のライセンスがなきゃ、門をくぐらせるわけにはいかない。死にたいのか?」
門番が指差した先には、ハンター証をかざすための読み取りパネルがあった。
(ライセンス……ああ、プロフィールの階級設定のことか。適当に偽装できないかな……。あ、待てよ。この設定ならいけるか?)
と湊はインベントリの奥底を検索する。
彼が取り出したのは、ボロ布を巻いたような古びた板状のアイテム。ゲーム時代、全エリアを走破した者にのみ贈られた、全てのエリアへの通行権を保証する称号アイテムだ。
「これで通れない?」
湊がその見た目を偽装したデバイスをスキャナーにかざす。
門番は「素人が何を……」と鼻で笑おうとしたが、直後、検問所のシステムが聞いたこともないような不協和音を上げた。
『――認証完了。権限レベル:最上位(管理者権限を検知)』
『……エリア・アステリア全域へのアクセスを許可します。ようこそ――星の開拓者様』
重厚な鋼鉄の門が、まるで使用人を迎えるかのように、音もなく、かつてない速度で跳ね上がった。
「な……!? バカな、今の認証音は聞いた事がない!?……S級、いやそれ以上の……!?」
呆然と立ち尽くす門番を置き去りにして、湊は一歩、外の世界へと踏み出す。
「お、ロードなしで開いた――夢って良いね。……さて、まずは適当な奴で『爪』の感触を確かめるか」
街の喧騒が遠のき、鬱蒼とした森の入り口へ辿り着くと、湊は背負っていた「魔導長弓」を手に取った。
弓の中央、グリップ部分には重厚なアタッチメント・ユニットが組み込まれている。そこには複数のスロットがあり、先ほど支援魔法を放った漆黒のプラグが鈍く光っていた。
「支援はもういいかな……次は――」
湊は手慣れた手つきで、アタッチメントに装填されていた別のロスト・プラグを指先で弾き、新たなチップをスロットへ叩き込んだ。
――ロスト・プラグ起動……『黒き咆哮の檻』。
プラグが最奥まで挿入されると、アタッチメントから「ギチィッ!」と肉を裂くような機械音が響く。
瞬間、手にした長弓が、生き物のように脈打ちながら形を変えていく。弦は消え、フレームは湊の両腕を飲み込む「黒い籠手」へと変形し、指先からは虚無を裂くほどの鋭い爪が伸びた。
「……っ。相変わらず、フォームチェンジのエフェクトが派手だな」
湊をどす黒い魔力の霧が包み込む。
霧の中から現れたのは、全身を漆黒の鎧で覆い、獣のような殺気を放つ「鎧の獣人」だった。
本来、このプラグは使用者の理性を焼き切り、ただの獣へと変える禁忌の品だ。だが、湊の視界には冷静なシステムログが流れ続けている。
『アタッチメント:冷静なる観測者――正常稼働中』
『状態異常(狂化)を状態異常月夜の人狼へ変換され特殊なスキルが使用可能になり攻撃力が上昇します』
湊は禍々しい爪を軽く合わせ、火花を散らした。
「よし、意識はクリアだ。……さて、まずはあそこのデカいので、軽くウォーミングアップを始めるか」
視線の先には、森の主である巨大な魔獣が、自分よりも遥かに小さな獲物――漆黒の獣人を見つけ、咆哮を上げていた。
特級魔獣『フォレスト・タイラント』が咆哮を上げ、岩盤を砕く拳を叩きつけてくる。
対する湊は、漆黒の爪を構え、アタッチメントの奥にロスト・プラグを限界まで押し込んだ。
『――ロスト・フォーム:月夜の人狼、完全同調』
『警告:耐性無視の状態異常【アーツ封印】を付与。特殊スキル以外の全スキルを使用不可にします』
『警告:【継続出血】を付与。自身のHPが秒単位で減少します』
「……よし。これで余計な操作はいらなくなった」
湊の視界から、華やかな魔法スキルのアイコンがすべて暗転し、使用不可を示す「×」印がつく。
だが、湊に焦りはない。これこそが、彼が突き詰めたビルドの始動合図だからだ。
『獣人体の特性により:【アーツ封印】【継続出血】を含むデバフ一つ事に火力へ変換。――基礎攻撃力600%上昇』
湊の身体から、どす黒い魔力とともに、本物の「血」が霧となって噴き出す。
自身の命を削り、引き換えに圧倒的な破壊力を得る狂戦士の姿。
「ガァアアアッ!!」
巨獣の拳が湊を直撃する――かに見えたが、湊はそれを最小限の動きで受け流し、至近距離から「爪」を振るった。
「――《血の狂宴》」
漆黒の爪が巨獣の肉を深く抉る。
その瞬間、巨獣から溢れ出した鮮血が逆流するように湊の鎧に吸い込まれ、湊のHPを一気に回復させた。
自身の「出血」でHPが減り続ける中、敵を攻撃することでその生命力を奪い取り、即座に回復する。
「ハハッ、最高だ……夢にしては、爽快感が完璧に再現されてるな!」
湊は人狼の笑みを浮かべ、さらに加速した。
スキルが封じられているため、月夜の人狼の特殊スキルを除けば――彼が繰り出せるのは純粋な「通常攻撃」のみ。しかし、幾重ものデバフによって極大化したその一撃一撃が、支援ビルドでありながら並の火力ビルドを凌駕する破壊力を持っていた。
――ザシュッ、ザシュゥウウッ!
「グオオオオオォォォォ――――」
――巨獣の悲鳴が森に響く。
湊が動くたびに、巨獣の肉が削げ、湊の傷が癒えていく。
それは一方的な狩りだった。
「――終わりだ!!」
湊は巨獣の胸倉を掴み、最後の一振りを心臓へと突き立てた。
ドォォォォン!!
衝撃波が背後の森を半円状に消し飛ばし、特級魔獣は吹き飛ばされて森の奥へ姿を消していった。
暫くして――漆黒の鎧が霧散する。
あとに残ったのは、パーカー姿で少し肩をすくめる湊だけ。
「……ふぅ。夢にしてはかなり楽しかったな――さて、そろそろ起きる時間か?」
湊は、自分が地形を書き換えるほどの大立ち回りをしたことなど、一秒後には忘れたような足取りで、街の方へと歩き出した。
次の更新予定
クロニクル・オブ・アステリア―ゲームの世界に転生した俺は平穏な生活をやらかした後で望む。 アスチェリカ @asucherika
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