クロニクル・オブ・アステリア―ゲームの世界に転生した俺は平穏な生活をやらかした後で望む。
アスチェリカ
1章クロニクル・オブ・アステリア
1話 プロローグ1
――――23時59分。
世界的な人気を誇ったVRMMORPG『クロニクル・オブ・アステリア』のサーバーが閉鎖されるその時を、蓮見湊はいつもの場所で迎えていた。
始まりの街を見下ろす丘のベンチ。
かつては数千人のプレイヤーで溢れかえったこの場所も、今は湊一人だ。
「……終わっちまうんだな」
――人生の半分を捧げた「もう一つの現実」。
……だが、そんな楽しい世界もこれで終わり――
――00:00:00。
視界がホワイトアウトし、サービス終了のシステムメッセージが流れるはずだった。
だが、湊の意識を包んだのは、静寂ではなく、妙にリアルな「風の匂い」と、頬を撫でる「日差しの熱」だった。
「……あ?」
目を開ける。
そこにあったのは、見慣れた自分の部屋の天井ではない。
抜けるような青空と、石造りの街並み。そして、空中に浮かぶ巨大な魔導クリスタル。
『アステリア』の風景に似ているが、解像度が異常に高い。肌に触れる空気の質感も、鼻を突く潮の香りも、あまりに生々しすぎた。
「……なんだ。サバ落ちしなかったのか?それとも夢か?」
湊は重い頭を振りながら、ベンチから立ち上がる。
「まぁ、どっちでも良いか……」
湊はそう結論づけた。
廃人プレイヤーである彼の脳は、この異常事態を「現実」とは認識しなかった。
未発表の新技術を使ったVR体験か、俺が別れを惜しんだから見た壮大な夢か――どちらにせよ、自分はまだ「ゲームの中」にいるのだと。
その時、街の彼方からけたたましい警報音が響き渡った。
『緊急警告! エリア3にA級モンスター「焔鉄龍」が乱入! 周辺の市民は直ちに避難を――!』
――悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。
広場の方へ目を向けると、全身を燃え盛る鉄の鱗で覆った巨龍が、咆哮とともに魔導ビルをなぎ倒していた。
それを迎え撃つのは、紺色の制服に身を包んだ「防衛隊員」たちだ。
「夢にしてはやけに気合いが入ってるな――NPCの悲鳴も臨場感がある」
湊はテラス席の椅子を借りて、他人事のように戦況を眺める。
NPC隊員たちが放つ魔法弾が龍の鱗に弾かれ、前衛が次々と吹き飛ばされていく。
「……弱すぎない??――てかNPC隊員ってあんな弱かったっけ?あれ位ならNPCだけでももう倒せてもおかしくない筈だけど――」
湊は思わず独り言を漏らした。
幾らNPCとは言え、前衛は動きが酷すぎる、後衛の火力は連携が取れていない。あのままではあと3分持たずに全滅する。
「まあ、夢ならちょっとくらい遊んでいくか。このまま何もせずに目が覚めるのも癪だしな」
湊はあくびをしながら、腰のデバイスを起動した。
――カチリ、と聞き慣れた機械音が響く。
彼が指先で選んだのは、現代の隊員たちが目にすれば心臓が止まるであろう漆黒のチップ。
ロスト・プラグ:『聖域の残響』。
「おら、バフだ。――《アルティマ・バースト》これでさっさと倒せよな」
湊は手元に魔導弓を実体化させると、矢をつがえることすらなく弦を引き絞った。
指を離した瞬間、一筋の青白い光矢が放たれる。それは敵を射抜くものではない。
絶望に沈んでいたハンターたちの足元へ――着弾した。
「――ッ!? な、なんだこの魔力は!?」
撃たれたハンターの一人が絶叫する。
彼の全身から、黄金のオーラが噴き出していた。
空になっていた魔力ゲージが一瞬でオーバーフローし、重症だったはずの傷が細胞単位で再生していく。
『一定時間全ステータス10倍』
『スキルクールタイム・ゼロ』
『全属性耐性付与』
湊が放ったのは、ゲーム時代には支援キャラ皆が使っていたシンプルな効果のぶっ壊れバフ技だった。
だが、現代の基準を遥かに超えたその支援は、平凡なハンターたちを一時的に「神の軍勢」へと作り変えてしまう。
「い、行ける……行けるぞ! 身体が軽い!」
ハンターの一振りが、龍の首を紙のように引き裂いた。
あんなに苦戦していたA級モンスターが、まるでゴミのように解体されていく。
「これで良しっと――」
龍が光の粒子となって消えるのを見届け、湊は弓を消した。
広場では「今の光は何だ!?」「凄い支援使いがいるぞ!」と大騒ぎになっているが、湊はすでに興味を失っていた。
「……それにしても、この夢、なかなか覚めないな――」
湊はポケットに手を突っ込み、夢うつつの足取りで、騒ぎの渦中へと歩き出した。
龍が消滅し、広場が騒然とする中、湊は一人そこを離れた。
叫び声や怒号が背後で響いているが、彼にとっては「イベント終了後の賑やかなBGM」程度にしか聞こえていない。
「……それにしても、腹が減ったな。夢のくせにリアリティありすぎだろ」
ふと視界に入ったのは、路地裏に置かれた古びた自販機だった。
表示されている通貨単位は『アステル』。ゲーム時代に使い古した、あの通貨の名前だ。
「……あ、そう言えば――金、生きてるのか?」
湊は半信半疑で、腰のデバイスのコンソールを空中で叩いた。本来なら表示されるはずのないホログラムが、彼の「認識」に従って淡く浮かび上がる。
残高表示には、サービス終了の瞬間に持っていた天文学的な数字――やり込み勢の証であるカンスト近い所持金が並んでいた。
「お、ゲーム時代の金額まんまだ。――何か買おうかな?」
湊は自販機の読み取りパネルに、無造作にデバイスをかざした。『ピッ』という軽快な電子音とともに、缶入りの魔導飲料が転がり落ちてくる。
「……マジか。普通に買えたわ。それならあっちの屋台も行けるな」
自販機から出てきた飲み物を一気に飲み干す。喉を通り抜ける冷たさと、微かな魔力のピリつき。「味の再現度も高いな……」と感心しながら、湊は鼻をくすぐる香ばしい匂いに誘われ、大通りに面した屋台へと向かった。
そこでは、牛に似た魔獣の肉を焼く串焼き屋が、龍の襲来で避難し損ねた客を相手に商売を再開しようとしていた。
「これ、二本」
「はいよ、800アステルだ!」
湊は再びデバイスをかざす。決済完了の音が響き、香ばしい肉が手渡された。一口齧ると、溢れ出す肉汁とスパイスの刺激。夢にしては、あまりにも「旨すぎた」。
「……最高だな、この夢。このまま覚めなきゃいいのに」
湊がのんびりと串焼きを頬張っていると、背後から騒がしい足音が近づいてきた。
「――いたか!? さっきの支援使いだ!」
「いえ、こっちにはいません! 白銀の法衣に、七色に輝く宝珠を象った聖杖を持った男のはずです!」
振り返ると、先ほど湊がバフをかけた防衛隊員たちが、必死の形相で広場を駆け回っていた。リーダー格の男は、道ゆく人々の肩を掴んで尋ね回っている。
「あれほどの支援スキルの持ち主だ!!――装備だって国宝級の伝説兵装に違いないんだ! 目立たないはずがないだろう!」
隊員の一人が、串焼きを食う湊のすぐ脇を通り抜けていく。一瞬、湊と目が合ったが、隊員はすぐに興味を失ったように視線を逸らして走り去った。
「ん――?神官装備?」
湊の視界の端にある設定画面(システム)では、一つの項目が『ON』になったまま固定されている。
【外見固定設定:適用中(カジュアル・ウェア)】
湊は、性能は最高級だがデザインが派手すぎる最強装備を嫌い、見た目だけはあえて「初期装備同然のパーカーとジーンズ」に設定していた。
現代の隊員たちにとって、装備の豪華さは実力の証明だ。まさか、どこにでもいる一般人の格好をした青年が、世界の均衡を壊すほどの魔導デバイスを隠し持っているとは、想像すらできない。
「……あ、さっきのNPCたち。まだ俺探しの最中だったのか」
湊は彼らの必死な様子を、どこか遠い世界の出来事のように眺める。
「まあ、この見た目だしな。イベントフラグを立てるには、オシャレ装備外して着替えないと認識されない仕様か……面倒だし――このまま放置でいいや」
湊は串焼きの竹串をゴミ箱に投げ捨てると、隊員たちの捜索網をあざ笑うかのように、悠然と街の外へと歩き出した。
「さて、次はアタッカーの方の検証でもしに行くか。この街、NPCが多くて邪魔だしな……こんな所で変身なんかしたら――巻き込んで跳ね飛ばしかねない」
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