第14話:悪魔誕生の儀(後編)
広間が静まり返る。
ラモンの怒声は、悪魔を前にあまりにも滑稽だった。
ディアブロはゆっくりとその巨大な顔をラモンへ向け、
深紅の瞳を細める。
「……我に従え、だと?」
ラモンは恐怖の色を隠しきれぬまま、震える声で続けた。
「そ、そうだ! 私は王家御用達の宝石商ラモンだ!
お前の力を使って王家を支配する……だから――」
ディアブロは愉快そうに嗤った。
「人間よ。この世界で最も価値無きものが何か、教えてやろう。」
ラモンは息を飲む。
「――それは“人間の野心”だ。取るに足らぬ虚栄。弱き魂の戯れ。」
重圧が広間を押し潰し、
使徒たちが膝から崩れ落ちるディアブロは軽く手を振った。
空気が震え、何かが“断ち切れる”音が響く。
ラモンとノアを縛っていた 奴隷契約魔法の紋章 が、
まるで紙切れのように破壊された。
「なっ……!? 馬鹿な!
この契約魔法は高位魔術師に作らせた……!」
ディアブロの声は冷たかった。
「人間の魔法など、我が前では塵に等しい。」
ノアの胸元の鎖が脱力するように外れ、
金属が床へ落ちる軽い音が響く。
からん……。
その小さな音が、ラモンの理性を崩した。
「やめろ……!近づくな……!」
ノアはゆっくりと顔を上げた。
その瞳――
そこには、かつての“青年の光”は微塵も残っていなかった。
黒炎が澱んだ闇となり、 瞳の奥で渦を巻いている。
ディアブロは満足げに頷いた。
「さあ、人間よ。 お前の憎悪を……“開放”してやろう。」
空間が震え、
ディアブロは指先から黒き魔力の糸を伸ばした。
その糸がノアの胸に触れた瞬間――
世界が破裂した。
黒と白の光が混じり、
凄まじい衝撃が広間を包む。
ノアの背から噴き出した黒炎は、
もはや“炎”ではなく“闇そのもの”となり、
空間を侵食するように広がった。
ラモンは絶叫した。
「ひ、ひぃいい!!た、助けてくれ……私は……私は……!」
ノアが一歩、ラモンへ近づく。
その一歩ごとに、
広間の闇が脈動した。
ラモンは後ずさりし、壁に背を押しつける。
「あ……あああ……やめてくれ……!
お前は……私の……所有物……!」
ノアの唇がゆっくりと開いた。
声は低く、冷たかった。
「違う。」
ラモンは息を呑む。
「俺は――もう“誰のものでもない”。」
ノアは祭壇に置かれた黒鉄の短剣を取った。
返り血の跡が残る儀式用の刃。
ラモンは涙を流し、喉を震わせる。
「やめろ……やめろ……!
私はお前を買ってやったんだぞ!
食わせてやった!
屋敷を与えてやった!
働かせてやったんだぞ!!」
ノアは一切表情を変えずに言った。
「そのどれも――俺を救わなかった。」
刃が閃く。
ラモンの胸へ、迷いなく突き立てられた。
血が溢れ、ラモンの悲鳴が広間にこだました。
「ぐあああああああ!!やめ……やめろ……!!
わ、私は……王家に……!」
ノアは冷たく言う。
「王家も、国も……人間という、人間そのものが――憎い。」
ラモンの身体が崩れ落ちた。
沈黙。
深い、深い沈黙。
その静寂を破ったのは――
ディアブロの愉悦に満ちた声だった。
「……いい。実にいいぞ、人間。」
ノアの体の周囲に、
黒い光の粒子が集まり始める。ディアブロはゆっくりと言う。
「これほどまでの憎悪と生命力を持つ人間……
いや、人間だった者か。」
ノアが弱々しく問い返す。
「……俺は……人間じゃないのか。」
ディアブロは満足げに頷いた。
「すでに死も超え、魂も変質している。
ならば――お前はもう人ではない。」
黒い光がノアの胸に集まり、
燃え上がるように爆ぜた。
あたりが黒炎の嵐となる中、
ディアブロは宣言した。
「今ここに――お前は悪魔として生まれ変わる。」
ノアの身体が浮かび上がり、
闇と光が交錯し、形を変えていく。
使徒たちが震える声で叫ぶ。
「な、なんだあれは……!」
「人間が……変わっていく……!」
ディアブロの声が重く響いた。
「今よりお前は――悪魔ゼルファス。
魔界の王たる我が配下である。」
ノア――いや、ゼルファスはゆっくり目を開いた。
その瞳は、血のように赤く、
深淵のように黒かった。
ゼルファスは膝をつき、頭を垂れた。
「……ディアブロ様。
あなたに忠誠を……誓います。」
ディアブロの笑い声が広間に響き渡る。
「ふはははは!よかろう、ゼルファスよ。
その憎悪、その闇、その力―― すべてを我に示すのだ。」
黒炎が渦巻き、闇の祭壇を飲み込み、
世界の運命は静かに狂い始めた。
――これが、後に世界を揺るがす
“悪魔ゼルファス”誕生の瞬間であった。
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