第12話:贄の宣告と黒炎の覚醒

ラモンの屋敷――

豪奢な宝石が並ぶ広間は、今日も冷たい光を放っていた。

その煌めきは、窓辺に座る青年の影を深く伸ばすだけだった。


蝋燭の炎が揺れ、壁に映る影が生き物のようにうごめく。


ノアは静かに座っていた。

視線は床に落とされ、わずかに揺れる蝋燭の光だけが彼を照らしていた。


ラモンは杯を手に、ゆっくりと足音を響かせながら近づいてくる。


「ノア……お前に“新たな役目”を与えよう。」


ノアはゆっくりと顔を上げた。

その瞳には疲労と憎悪、そして諦めと抗いの狭間にある揺らぎが滲んでいた。


「役目……?

 また護衛か、運び屋か……どうせ俺を使い潰すだけだろ。」


ラモンは、唇だけで笑った。


「いや――もっと重要だ。お前は“贄”となる。」


ノアの瞳がわずかに揺れた。


「……贄?」


「そうだ。武器商ロドリゴと私は契約を結んだ。

  王家の財を握り、この国を裏から動かす力を手に入れるためにな。」


ラモンは杯を指で転がし、その琥珀色の液体を楽しむように続けた。


「その力を呼び出す儀式には“贄”が必要だ。

 そして――お前こそ最高の贄だ。」


ノアの胸の奥で黒炎がふつふつと音を立てる。


「俺を……悪魔に捧げるってことか。」


「そういうことだ。不死の呪いを背負うお前は、悪魔にとって格好の贄だ。

 死ねぬ者を喰らえば、悪魔は永遠の力を得る。

 役に立てるではないか――最後までな。」


ノアの表情は変わらない。

ただその目の奥で、黒い炎がゆらりと揺れた。


「利用され、嘲られ、次は……捧げられるのか。

俺は、人じゃなく……“呪い”だと言いたいのか。」


ラモンは愉悦を含んだ瞳で頷く。


「その通りだ。お前は呪いであり、災厄そのものだ。

 だが、その呪いは私の力に変わる。」


ノアは静かに、しかし凍りつくような笑みを浮かべた。


「……なら、見せてやるよ。呪いがどれほど恐ろしいものかを。」


蝋燭の炎がノアの瞳に映り、心の奥の黒炎が深く揺らめく。


「俺の中の黒炎は、お前の欲望を焼き尽くす。」


ラモンは一瞬だけ震えた。

だが強欲の商人は、その震えすら切り捨てる。


「黒炎……?面白い。

 だが悪魔の力の前では、いかなる炎も影に過ぎん。」


ノアの瞳が鋭く細められた。


「贄として捧げられるなら……その瞬間に世界を呪う。

 お前も、王家も、闇の使徒も……全部だ。」


ラモンは杯を掲げ、薄く笑った。


「呪いなど力にはならん。力を持つのは“契約”だ。

 悪魔との契約こそが永遠をもたらす。」


ノアは静かに視線を上げ、淡々と返す。


「契約は鎖だ。……でも俺の黒炎は、鎖を焼き切る。」


蝋燭の炎がざわりと揺れた。

空気が重く沈み、黒炎の気配が増していく。


ラモンはその様子に恐れを覚えながらも、笑みを崩さない。


「良いだろう。

 お前の黒炎がどれほどのものか……儀式で確かめてやる。」


彼は問題のないように杯を置き、淡々と告げた。


「近いうちにロドリゴの店へ向かう。

 店の地下にある祭壇で、お前は悪魔の贄となる。」


ノアはゆっくりと目を閉じ、そして開いた。

その瞳には、燃え広がる黒炎と底知れぬ憎悪が宿っていた。


「……その瞬間に、お前の世界は終わる。」


蝋燭の光が揺れ、影が広間の床を覆う。


ノアの胸の奥で黒炎は、

もはや誰にも押し止められない“災厄の炎”へと変わり始めていた。

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