第11話:悪魔への贄の契

エルトリア王都の商業区――

宝石商、武器商、豪商たちの館が建ち並ぶ華やかな通りに、

一際重厚な扉を構えた宝石店があった。


ラモン・ヴァルディネスの店である。


店内には宝石の光が溢れ、豪奢な装飾がまるで王宮の一室のように並んでいた。

しかしその煌びやかさとは裏腹に、ラモン自身の心は常に

計算と欲望に満ちている。


そのラモンの執務室の前で、一人の男が扉を叩いた。


「ロドリゴ・サルヴァンと申します。商談の件で参りました。」


低く落ち着いた声。

ラモンは眉を上げ、顎で部下に合図した。


「通せ。」


扉が開かれ、武器商ロドリゴが姿を現した。

厚手の黒いショール、黄金の腕輪、そして目だけが蛇のように細く光っている。


ラモンは立ち上がり、にこやかな笑顔を作った。


「よく来た、武器商殿。噂は耳にしている。

 最近、各国の戦場で武器を売りさばき、かなりの利益を上げているらしいな。」


ロドリゴは微笑んだが、その笑みは氷のように冷たい。


「宝石商ラモン殿こそ。

 王家にまで影響力を持つとは、商人の域を超えておられる。」


この言葉にラモンの目が細められた。


(……誰から聞いた?)


表情には出さない。しかし内心では警戒の火が灯る。


「ほう、それで? 武器商が宝石商にどんな用件だ?」


ロドリゴはラモンの前の椅子に静かに腰を下ろした。


「単刀直入に申し上げる。あなたが抱く“王家への影響力”――

 私はそれをさらに  確実なものにできる。」


ラモンは鼻で笑った。


「何を根拠にそんなことを?あなたが王家に口が利けるとも思えん。」


「確かに私は王家とは関係がない。しかし――」


ロドリゴは声を低くし、闇のような響きを帯びた。


「悪魔の力なら、それを可能にする。」


空気が一瞬止まった。


ラモンの笑みが固まる。


「……悪魔? 冗談を言いに来たのか?」


「冗談ではない。」


ロドリゴは袖をわずかにめくり、

黒く刻まれた紋章――闇の使徒の印――をちらりと見せた。


ラモンの顔色が僅かに変わる。


「私は悪魔崇拝組織 闇の使徒 の最高位、闇導師。

 人の欲を叶え、その代価を悪魔に捧げる者だ。」


ラモンは思わず身を引いた。


「な、何を言っている……私はそんな怪しい組織とは――」


ロドリゴは手をかざして制した。


「安心なさい。我々はだ。

 あなたのような強欲な男なら、理解できるはずだ。」


ラモンの心が揺れる。


(……もし本当に悪魔の力が手に入るなら……

 この国どころか、大陸にまで影響力を伸ばせる。)


しかし同時に、恐怖もあった。


「本当に、そんな力が……?」


ロドリゴは淡々と言った。


「悪魔の力とは、想像以上だ。

 国を崩し、王を膝まずかせることもできる。」


ラモンは息を呑んだ。


「……その代わり、代価が必要だ。」


「代価?」


ロドリゴの声は囁きのように静かだった。


「悪魔にはが必要。それも――人間の贄だ。」


ラモンは眉をひそめた。


「人間……の、贄?」


「そうだ。力の大きさは贄の質で決まる。

 王家を動かすほどの力を望むなら、それに見合う贄が必要だ。」


そこでラモンの脳裏に、ひとりの青年の姿が閃いた。


白い髪、赤い瞳、不死の体。


「……いる。」


ロドリゴが目を細める。


「ほう? もう贄に心当たりが?」


ラモンは唇を歪ませ、囁くように言った。


「不死の奴隷がいるのだ。」


ロドリゴの目が一気に妖しい光を帯びた。


「不死……これはまた、極上の贄だ。

 悪魔は間違いなく喜ぶだろう。」


「その奴隷の力を……悪魔に捧げればいいのか?」


「そうだ。

 贄として最適だ。力が永遠に循環し、儀式の質が桁違いに上がる。」


ラモンの欲望がさらに膨らむ。


「では……私がその不死の奴隷を連れていけば、

 お前は本当に“力”を与えてくれるのか?」


ロドリゴは立ち上がり、深く頷いた。


「保証しよう。悪魔の力で、あなたの野望は現実になる。」


そう言うとロドリゴは、外套を翻した。


「後日、私の店を訪ねなさい。

 王都南区……その地下に儀式のための祭壇がある。」


ラモンはぞくりと背筋を震わせた。


(悪魔……儀式…… だが、この男が本物なら……)


ロドリゴは最後に、囁くように言い残した。


その魂は、我々 闇の使徒 が求めていたものだ。」


ラモンが言葉を返す前に、ロドリゴは静かに去っていった。


扉が閉まる。


ラモンは震える手で杯を持ち上げた。


「……悪魔の力……

 本当に手に入るのなら……この国を、いや世界を……」


その目には野心が燃え上がっていた。


しかし彼はまだ知らない。


その“贄”として選んだ青年が、

やがて――王国も、教団も、闇の使徒すらも巻き込む

“災厄”へと変わることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る