第10話:闇の使徒の影

市場の裏手にある石造りの酒場。

昼は商人や職人が喉を潤す休憩所だが、夜になると様相は一変する。

煤けた梁に吊るされた油灯が、鈍い橙色の光を落とし、

酒と汗と鉄の匂いが混じり合う。

ここは、王都アレシアの裏側――

噂と裏取引が交差する“黒の社交場”だった。


壁際の一角。

人目につかぬ席で、ひとりの男が静かに杯を傾けている。


武器商人、ロドリゴ・サルヴァン。


毛皮のショールに身を包み、片腕には黄金の腕輪。

身なりは裕福な商人そのものだが、

その瞳だけは、獣のように鋭く、

欲望と計算の光を宿していた。


――だが、その正体は違う。

悪魔崇拝組織(闇の使徒)

その頂点に立つ、闇導師。


ロドリゴは酒を口に運びながら、

周囲のざわめきをで聞いていた。


「おい、聞いたか?

 宝石商のラモンが、また王家に献上したらしいぞ」


「しかも、前より派手な宝石だとさ。

 あんなもん、民の税で買ってるんだろ?」


低い笑いが起こる。


「王も王だ。

 最近じゃ政務より宴の話ばかりだってな」


「官僚どもも酷い。

 ラモンの金で屋敷を建て替え、帳簿は好き放題いじってるらしい」


ロドリゴは、杯の縁を指でなぞる。


(……相変わらずだな。この国は)


別の商人が声を潜めた。


「噂じゃ、王家の鉱山管理まで、ラモンが口出ししてるらしいぞ」


「は? それはさすがに……」


「本当だ。監督官が丸ごと買収されたって話だ」


「つまり、宝石商がを握ったわけか」


酒場に、乾いた笑いが広がる。


「王家は宝石に目が眩み、官僚は金に溺れ、民は税に潰される……」


「この国、どこへ行くんだろうな」


その言葉に、

一瞬だけ、沈黙が落ちた。


やがて、誰かが吐き捨てる。


「……滅びるだろ。遅いか、早いかの違いだ」


ロドリゴは、口元に薄く笑みを浮かべた。


(滅びるか……)

(いや、と言った方が正しい)


そこへ、別の話題が混じる。


「そういや聞いたか?

 ラモンの屋敷に、不死の奴隷がいるって噂」


「不死? 冗談だろ」


「いや、本当らしい。

 戦場で何度刺されても、死ななかったとか」


「泉の呪いだって話だぞ。

 ノイセルの……なんとかって泉」


「呪いの泉、か」


商人たちは興味半分、嘲り半分で続ける。


「壊れないなら便利だよな。護衛にもなるし、荷運びにも使える」


「でも気味が悪い。人じゃないだろ、そんなの」


「ラモンの息子が可愛がってた黒猫を殺したら、

 その奴隷がのたうち回ったって話もある」


「はは……奴隷が情でも持ったか?」


ロドリゴは、静かに息を吐いた。


(……契約魔法か)


彼の脳裏に、いくつもの可能性が浮かぶ。


商人の一人が、ロドリゴに話を振った。


「ロドリゴ、お前はどう思う?

 ラモンの野郎、この国を裏から乗っ取る気じゃないのか?」


ロドリゴは、喉の奥で低く笑った。


「乗っ取る?笑わせるな」


「宝石ごときで国が動くなら、とっくに世界は商人のものだ」


「じゃあ、大した野心じゃないと?」


「いや――」


ロドリゴは、杯の中の炎の映り込みを見つめる。


を知らぬ野心ほど、危うく、扱いやすいものはない」


商人たちが、息を呑む。


「王冠など要らん。

 王家の背後にあるを押さえればいい」


音もなく、

ロドリゴの指先が袖の内側をなぞる。

そこに刻まれた、悪魔の印。


(宝石商ラモン……)

(強欲で、臆病で、野心家)


(――悪魔の力を見せれば、必ず飛びつく)


ロドリゴは立ち上がり、外套を整えた。


「私は行く」


「おい、どこへ?」


「“取引”だ。宝石商に、真の力を教えてやる」


背中に、冷たい闇を纏いながら、

ロドリゴは酒場を後にする。


彼の目に宿る野心は、

ラモンのそれをも凌駕する、

底知れぬ黒い光を放っていた。


その一歩が、

やがて王国と、

不死の奴隷ノアの運命を、

取り返しのつかない方向へ導くことを――

まだ、誰も知らない。

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