12月6日『千年の夜明け』

 夜が王を追いかける。

 彼は重い装束を引きずるようにして逃げていた。いつの間にか人里離れた森の奥まで来ていた。薄く霧がかかっていた。

 ある老樹の前で彼はようやく立ち止まり、肩に手を付き振り返る。夜が口を開いた。

「千年の夜だ。お前は千年昼の中に居続けた。その代償だ」

 王が怯えた表情で返す。「皆が……村の皆が待っているんだ」

 彼は小さな村の王だった。元は占い師で、田畑の収穫時期を占っているうちに村を統べるようになっていたのだった。皆に慕われる長だった。

 夜は表情を変えずに言い放った。「お前の昼の時代は終わりだ」

「千年……どれくらいだろうか」

「果てしなく長い間だ」

 王の顔から血の気が引いた。前を向き直って逃げようとするがもう遅い。彼は音もなく夜に呑まれ、老樹の根のもとに倒れ伏した。

 

 鳥が啄む前に、村人たちが小ぶりな墓を造った。くらやみの中で彼らは周囲の木を伐り倒したが、とうとう老樹だけは太すぎて倒すことができなかった。村人たちは仕方なく墓を移動した。

 

 別の朝が来て、別の夜が来て、それが何千回何万回と続いた。その間に副葬品は根こそぎ盗まれてしまったが、老樹と墓はただそこにあった。

 やがて墓の玄室に朝日が差し込んだ。同時に、微笑みとともに夜が去った。

 ある若者が墓を見つけた。彼はしばらくの調査ののち、黙って木の看板を立てた。

 そこは公園になった。子供たちが遊び、犬が走り回り、老人たちが憩った。老樹も墓も黙ってそこにあった。

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