12月4日『結婚式』
ポストに入っていたはがきを見て、僕の舌は夏の雷みたいにぴりぴりした。
彼とのキスを憶えていない。どんな味だったか、どんな色だったか、味があったか、色があったか。今の私の唾の色、懐かしさと気持ち悪さの色。
きみは詩人だ、と彼は言った。詩人と恋をすれば詩になれるから、とも。平日のさびれたカラオケルームの片隅で舌どうしがくっついては離れた、その度にきたない音が立った、僕たちはことばをうつしあい、その度に感情は希釈されていく。
糸を引く
唾の泡の
白さ……
たんぱく質のにおい漂う座標空間で僕らはねじれていた、舌だけを惨めに触れ合わせたきり離れてゆく、そのときの僕らはおたがいにすべてを手に入れたような気がしていたんだ。ならどうして僕は彼を詩にしたんだろう。
今も世界のどこかでくちゅくちゅと音を立てる彼の唾の色を想像する、粘っこくて小さな水たまりに、犬のように舌を差し入れる。水底からも長く細いものが伸びてきてからまる。はじめてのキス。
おめでとう、と口の中でつぶやいて、招待状に唾を垂らす。「ご」の字だけが綺麗に滲んで消えた。
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