11月28日『死のなかに、生のなかに』
新幹線はもの凄い速さで平野を進んでいた。私は窓際の席に座って、飛ぶように流れてゆく景色を見ていた。
故郷に帰るのだ。何年ぶりだろうか。家族や親戚はもう誰も住んでいないし地元の友人などいなかったがそれでも、あの街に近づくごとにこみあげてくる懐かしさがあった。
車窓の向こう側には一面の田んぼが広がっていた。真夏の陽光に照らされて青く密生する稲を見るとなんだか爽やかな気分になる。もう二ヶ月も経てば黄金色になるだろう。
ふと視界の隅に、土が盛り上がっているのを捉えた。田園風景の中の一角が丸く盛り上がっている。その一角にだけ稲ではなく、低い雑草がまばらに生えていた。一目見て分かった。古墳だ。
草の隙間から赤みを帯びた土が見える。風もない中でじりじりと熱せられていた。まるでそこだけ世界が違うかのように。円形の小さな古墳の中に歓喜はなかった。
途端私は、太古の蝉の声を幻聴した。今と変わることのない鳴き声。彼らの生に対する懸命さが私の耳をつんざき、脳内に乱反射する。みーんみーんみーんみーん…………。
その大音声の中、ある王が埋葬されようとしている。その硬直した土色の体は豪奢な装身具に飾られ、荷車に載せられてじっと太陽を見つめている。暑い日だ……参列者の誰しもが汗ばむような。
原野の真ん中にぽつんと、落成したばかりの墓がある。行列はとぼとぼと陵墓にたどり着くと、さっさと王を埋めてしまう。王は狭量で偏屈で、村人たちは内心胸のすく思いでいる。けれども彼の妻や息子がいるから黙って下を向いている。鹿や馬に象られた埴輪たちがその様子を無表情で見ている。側の大樹も、空を舞う鳥も見ている。
神官による形式ばった儀式を経て、葬儀は静かに終わる。人々は喪に服すためにそれぞれの家へと帰ってゆく。
そして、私はその古墳に触れた。ざらついて粒だった土の手触りの奥にかつての王がいた。埴輪のかけらやじゃらじゃらとした副葬品をかき分けて、その肉体を探りあてる。痩せて、小さな体だ。彼はこの地上の田園風景を見てどう思うのだろう。
突然、脳内に侵入してくる音があった。新幹線の到着を知らせるチャイムだ。駅名を告げる自動音声は至って無機質に蝉の幻聴を追い払う。私は我に返って椅子の傾きを戻した。
最後に、と思って車窓を覗き込み、いつの間にか奥に流れていったあの古墳に目を向ける。灼熱の中、その隆起は二千年前とさして変わらぬ姿でそこにあった……死のなかに、生のなかに。
きっと外は生きてはいられないほど暑いだろう。けれども私は故郷に帰るのだ。
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