11月23日『樹の時代』

 棺の中は生暖かくて、灰色だった。

 ああ、目が醒めた。背中あたりにヒーターがあって、その熱で私は冬眠から目覚めたのだ。あの人の説明と同じだった。

 そのまま横たわっていると、目の前のディスプレイがノイズを立てて起動した。「放射線量:正常」順々に情報が表示されていく。「大気組成:正常」「ウイルス・細菌:正常」

「スキャン完了」ひとまず外界に出ることは問題なさそうだ。私は説明通り、右手横のボタンを探る。カチっという小さな音がして、棺の天面が静かに開く。すると灰色の空があった。

 まだ澄み渡っていない意識で不思議に思う。シェルター内部のはずなのにどうして空が見えるのだろう。その疑問はなんとか起き上がるとすぐに氷解した。

 荒野だった。

 目の前に聳え立つ今にも崩れそうなコンクリートの残骸が文明の終焉を物語っていた。いやそれだけではない。道路、電柱、マンホール、そのすべてに青々しい草木が生い茂っていた。遺物たち。人類はもはや過去の者となったのだ、ということを理解するのにはそれで十分だった。

 案外冴えてきた頭は冷静だった。どうせそんなことだろうと思っていた。家族と最後に話したかったな、と何となく思っていた。

 何百年経ったのだろう、あれから。自分が出てきた棺の方を振り返るとそれは朽ちかけていて、苔や草の根がこびりつくように生えていた。その側には大樹があって、どうやらその老樹が私を風雨から守ってくれていたようだった。

 そうか、と私は呟いた。もう何百年、何千年なんて単位は意味を成さないんだ。人間の時代は終わったのだから。

 老樹のごつごつした幹を手で撫でる。文明が滅んでから生を享けた樹だ。上を見上げれば葉をすっかり落としていた。

 空高くでは留鳥が舞っていた。真っ直ぐ降りてきて太い枝に留まる。その光景を見て私は途端、その老樹に強い愛着を抱いた。

 私は根本にどさっとくずおれる。そして身につけていた服をすべて脱ぎ去り棺の方に投げた。化学繊維だから分解の邪魔になるだろう。さすがに寒いが仕方がない。

 目を閉じた。本当は春の新緑が見たかったが、もうこの星に人間は要らないのだ。

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