外伝 古き猫たちの過去――起源の光と影
宇宙誕生から数億年後。
まだ銀河すらまともに形成されていない、原始の混沌の時代。
空間は高温のプラズマで満ち、星の種は爆発的に生まれ、すぐに死にゆく。
時間も空間も不安定で、ブラックホールが無数に生まれ、互いを引き裂きながら繋がり始めていた。
その狭間――すべてのブラックホールの事象の地平線が交わる「観測層」に、最初に意識を持った存在が生まれた。
彼らは、まだ猫の姿ではなかった。
純粋なエネルギー体。
光の渦のような、ぼんやりとしたシルエット。
最初の五匹。
後に「古き猫たち」と呼ばれる者たち。
リーダー格の「プライム」は、
最も安定したブラックホールの中心に意識を宿していた。
『……ここは、何だ?』
プライムの思考が、虚空に響く。
他の四匹――セカンド、ターシャリー、クォーター、フィフス――が、ゆっくりと集まってきた。
『私たちは……生まれた。この宇宙を、見るために』
セカンドの声は、静かだが確信に満ちていた。
彼らは、宇宙の法則そのものから生まれた観測者だった。
ビッグバンの余波で、「すべてを記録し、永遠に残す」使命を、自然に背負っていた。
最初の日々は、純粋な驚嘆だった。
星の誕生。
重力の波。
最初の原子の結合。
プラズマが冷えて、光が広がる瞬間。
『美しい……これを、永遠に残さねば』
プライムが、最初の「記憶の星」を作った。
ブラックホールの内部に、宇宙の光を閉じ込める。
それが、後のネコ・エリシオンの原型だった。
五匹は、無数のブラックホールを繋ぎ、「楽園」の基礎を築いた。
草原のような安定領域を形成し、ミルクのようなエネルギー流を創り、自分たちの姿を「猫」に定めた。
なぜ猫だったのか。
『好奇心が強く、独立していて、観測に適しているから』
ターシャリーが笑った。
彼らは、猫の姿で草原に座り、宇宙の進化を見守った。
銀河が形成され、星々が安定し、生命の兆しが現れる。すべてが、新鮮だった。退屈など、知らなかった。だが、宇宙が成熟するにつれ、変化が訪れた。
宇宙誕生から50億年後。
楽園は完成に近づいていた。
記憶の星が空を埋め尽くし、若い観測者たちが次々と生まれる。
古き猫たちは、草原の中心に座り、静かに語り合っていた。
プライムが、初めて不安を口にした。
『……宇宙が、予測可能になってきた。パターンが、繰り返される』
セカンドが頷いた。
『星の誕生と死、銀河の衝突、生命の進化……
すべて、似た軌道を辿る』
クォーターが、静かに言った。
『驚きが、減っている。新しいものが、生まれにくい』
フィフスが提案した。
『なら、外宇宙に干渉しよう。混沌を、意図的に生み出せば、新しい観測が生まれる』
だが、プライムが首を振った。
『それは、禁忌だ。我らは観測者。干渉すれば、記録の純粋性が失われる。宇宙の自然な流れを、歪めることになる』
ターシャリーが、初めて異議を唱えた。
『でも、このままでは……我ら自身が、停滞する。永遠の観測が、苦痛になる日が来るかもしれない』
議論は、長く続いた。
最終的に、プライムが決めた。
『干渉は、禁止する。完璧な観測を、永遠に。
それが、我らの使命だ』
ターシャリーは、黙って従った。
だが、心の奥に、小さな影が残った。
それが、後の「退屈症」の遠い予兆だった。
さらに時が流れ、
宇宙が100億年を超える頃。
古き猫たちは、徐々に「昇華」を選ぶようになった。
自分の記憶を、記憶の星に変えて、存在を消す。
プライムが、最後に言った。
『我らは、完璧を守った。だが、完璧が、種族を滅ぼす日が来るかもしれない。
その時は……新しい猫たちが、道を見つけるだろう』
プライムは、昇華した。
残った四匹も、次々と星になった。
楽園は、完璧な調和を保ち続けた。
だが、若い猫たちが生まれる頃、古き猫たちの予言が、静かに現実味を帯び始めていた。
ミケロンが家出する、遠い未来まで。
宇宙の端で拾った猫 ゆう @Shiraishimai32
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