外伝 ミケロンと太郎の「静かな一日」


宇宙暦2862年。


楽園の変革から5年後。

辺境の小惑星帯「ケレス・リング」。


あの出会いの場所に、懐かしいボロい採掘船が停まっていた。


「はちわれ丸」。


今は最新の量子エンジンに換装され、装甲も強化されているが、外見はわざと昔のまま。

船長の趣味だ。

操縦席で、田中太郎(今は37歳)はコーヒーをすすっていた。

少し白髪が増えたが、目は昔より明るい。

膝の上には、白黒ぶちのミケロンが丸くなっている。

毛並みは相変わらずふわふわで、量子ビットの補給も完璧。

船内は静かだった。

今日は、特別な任務も冒険もない。

ただの、休日。

太郎がぽつりと呟いた。


「……ここだよな。お前を初めて拾った場所」


ミケロンが片目を開けた。


『うん。小惑星の表面で、ふわふわ浮かんでた私を、マニピュレーターで掴んだよね。あの時、太郎の顔、びっくりしすぎて笑っちゃった』


太郎が苦笑した。


「幻覚かと思ったよ。真空で生きてる猫なんて。しかも、頭の中に直接話しかけてくるし」


ミケロンが体を起こし、太郎の肩に乗った。


『あの頃の太郎、すごく退屈そうだった。地球の家族を失ってから、ただ生きてるだけみたいだった』


太郎はコーヒーカップを置いて、窓の外を見た。

灰色の小惑星が、ゆっくりと流れていく。


「ああ。毎日、同じ作業の繰り返し。誰とも話さず、誰にも必要とされず。正直、生きてる意味すらわからなくなってた」


ミケロンが太郎の頰に前足を軽く触れた。


『でも、今は?』


太郎は少し考えて、笑った。


「今は、毎日が違う。お前がいて、リナやピコ、トリオン、クロやシロまで、みんながいる。

楽園も変わったし、新しい猫たちが外宇宙に来て、また新しい話が始まる」


ミケロンが満足げに喉をゴロゴロ鳴らした。


『私も、あの家出が正しかったって思うよ。

退屈な楽園から出て、太郎に会えて、みんなに会えて、今はもう、退屈なんて知らない』


太郎がミケロンの頭を撫でた。


「俺もだ。お前がいなかったら、今頃まだ一人で採掘してるか、それとも……もう生きてなかったかもな」


二人はしばらく、無言で外を眺めていた。

船のAI「ハチ」が、久しぶりに機械的な声で言った。


『異常なし。燃料満タン。目的地なし』


太郎が笑った。


「今日は、目的地なんていらないよ。ただ、漂ってればいい」


ミケロンが提案した。


『ねえ、太郎。あの時の再現、してみない?

私、船外に出て、ふわふわ浮かんでみる。太郎がまた拾ってくれる?』


太郎が目を丸くした。


「ばか言うな。今のお前、量子ビット満タンで、真空くらいへっちゃらだろ」


『でも、昔みたいに、「にゃー」って鳴いて、

頭の中に「待ってたよ、人間」って送るよ』


太郎はため息をつきながら、立ち上がった。


「……しょうがないな。宇宙服着てくるよ」


船外活動用のエアロックを開け、ミケロンが先に飛び出した。

真空の中、ミケロンはゆっくり回転しながら浮かぶ。昔と同じように。

太郎がマニピュレーターを伸ばし、そっと掴んだ。

船内に取り込み、重力を戻す。

ミケロンが床に着地し、太郎を見上げて――


『やっと会えた。待ってたよ、人間。』


太郎は、笑いながらミケロンを抱き上げた。


「またこのパターンかよ。でも、悪くないな」


ミケロンが太郎の胸に頭をすり寄せた。


『これからも、ずっと一緒にいようね。退屈なんて、絶対させないから』


太郎が頷いた。


「ああ。お前がいれば、どんな日も、冒険だ」




「はちわれ丸」は、ゆっくりと小惑星帯を漂い続けた。

目的地はない。

ただ、二人の静かな一日。

でも、それが、彼らにとっての、最高の幸せだった。

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