外伝 クロとシロの「執行者から案内人へ」


宇宙暦2861年。


楽園の変革から4年が経過したある日。

ネコ・エリシオンの草原の端、かつて執行者たちが訓練をしていた広場は、今は「交流訓練場」と呼ばれている。

若い猫たちが、外宇宙から来た人間の宇宙服を着てふわふわ浮遊しながら、重力操作の練習をしている。


その一角で、黒い毛のクロと白い毛のシロが、静かに座っていた。

クロは前足で地面を軽く叩きながら、ため息をついた。


『……本当に、こんな日が来るなんてな』


シロは穏やかに尻尾を揺らした。


『執行者としての役目は終わったんだよ。今は「案内人」。外宇宙の猫たちを、楽園に迎え入れる仕事』


二匹の前に、小さな茶色い子猫がふらふらと近づいてきた。

最近家出してきたばかりの新入りだ。


『クロさん、シロさん!今日も外宇宙の話、聞かせてくれる?』


クロは少し照れくさそうに目を逸らした。


『……まあ、暇だからな。座れ』


子猫が嬉しそうに座ると、シロが優しく語り始めた。


『じゃあ、最初に私たちがミケロンと出会った日の話からしようか』


――回想。


宇宙暦2857年、辺境の小惑星帯。

クロとシロは、楽園からの命令で「家出個体ミケロン」の追跡任務についていた。


『あの時は、本当にただの任務だった』


クロが低く言った。


『古き猫たちの命令は絶対だった。

「家出個体は連れ戻せ。抵抗すれば排除せよ」って』


シロが静かに続けた。


『でも、初めてミケロンの船に近づいたとき、

人間の男がいたよね。田中太郎って人』


子猫が目を丸くした。


『人間が、ミケロンを守ったの?』


『うん。「ミケロンは俺の相棒だ」って、ボロい採掘船から出てきて、私たちに向かって叫んだんだ』


クロが苦笑した。


『あの時は、馬鹿だと思ったよ。人間如きが、観測者種族に勝てるわけないって』


シロが目を細めた。


『でも、あの人間は本気だった。ミケロンが「私はここにいたい」って言ったとき、太郎は迷わず銃を構えた。私たち、初めて……「絆」ってものを、直接見たんだ』


子猫が息を飲んだ。


『それで、どうしたの?』


『……最初は、強引に連れ戻そうとした。でも、何度も戦ううちに、ミケロンの記憶を共有されたんだ』


クロが目を伏せた。


『虹色の宇宙、海賊との戦い、市場での笑い、

そして、太郎がミケロンを「家族」って呼ぶ瞬間……あれを見て、初めて思ったよ。「完璧な楽園」が、必ずしも正しいわけじゃないって』


シロが優しく微笑んだ。


『私も同じ。

執行者として、感情を抑えて任務をこなしてきたけど、ミケロンの旅を見て、「私も、こんな風に生きてみたい」って、心が揺れた』


子猫が前足を握りしめた。


『それで、楽園に戻ったとき、どうしたの?』


クロが少し恥ずかしそうに言った。

『……古き猫たちに、正直に報告した。「ミケロンを連れ戻せなかった。でも、彼女の記憶を見て、外宇宙の価値を理解した」って』


シロが続けた。


『古き猫たちは、最初は激怒したよ。でも、私たちが「革新派の動きも、止められない」って言ったら、少しずつ、話し合いが始まった。そして、最終的に……楽園の扉を開く決断をした』


子猫が目を輝かせた。


『じゃあ、クロさんとシロさんが、楽園を変えるきっかけになったんだ!』


クロが照れ隠しに咳払いした。


『……きっかけはミケロンだ。俺たちは、ただ……遅れて気づいただけさ』


シロが子猫に優しく言った。


『でもね、今は違う。私たちはもう、執行者じゃない。外宇宙から来る猫たちを、安心して迎え入れる「案内人」になった』


クロが立ち上がり、子猫に向き直った。


『だから、お前もいつか、自分の冒険を始めてみろ。怖くても、痛くても、それが生きるってことだ』


子猫が尻尾を高く上げた。


『うん!私も、ミケロンさんみたいになりたい!クロさん、シロさんみたいに、誰かを守れるようになりたい!』


シロが微笑んだ。


『なら、まずは重力操作の練習からね。今日は、二人で教えてあげるよ』


クロが少し照れながら、前足を差し出した。


『……行くぞ、新入り』


草原に、夕陽が沈む。

三匹の猫の影が、長く伸びていく。

かつての執行者たちは、今、楽園の新しい扉を守る者になっていた。





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