外伝 トリオン初めての一人外宇宙冒険


宇宙暦2860年。


楽園の変革から3年後。

ネコ・エリシオンは、もう昔の静かな楽園ではなかった。

草原には、外宇宙から持ち帰った植物が植えられ、ミルクの川のそばには人間製のベンチが並んでいる。

記憶の星の下では、若い猫たちが集まって、外宇宙の話を熱心に聞いている。

そして、時折、ブラックホールの窓から、旅立ち猫たちが新しい仲間を連れて帰ってくる。


トリオンは、そんな楽園の人気者になっていた。

茶トラの毛並みは相変わらずふわふわで、少し大きくなった体は健康そのもの。

ミケロンや太郎たちと一緒に旅を続けながら、楽園に帰るたびに、自分の短い冒険をみんなに語るのが役目だ。

でも、今日は特別だった。


「トリオン、準備できた?」


楽園の草原の端、臨時のドッキングフィールドに、小型のシャトルが停まっていた。

人間製の古いモデルだが、ピコが改造して観測者種族でも操縦できるようにしてある。

トリオンは、少し緊張した顔でシャトルの前に立っていた。


『うん……できたよ。でも、本当に私一人でいいの?』


隣にいるミケロンが、優しく頭をなでた。


『大丈夫。君ならできるよ。私も最初は、太郎と一緒だったけど、今は一人で小さな旅もしてるでしょ?』


太郎が、シャトルのハッチにもたれかかって笑った。


「燃料も量子ビットも満タンだ。

行き先は、君が決めた「青い海の惑星」だろ?

地球に似てるって情報が入ってる星。行って、写真撮って、みんなに話してこい」


リナが、腰に手を当てて言った。


「何かあったら、すぐ信号送って。私たちが迎えに行くから」


ピコが、端末をトリオンに渡した。


「これで記録も発信もできるよ。楽園にリアルタイムで送れるように設定した」


トリオンは、みんなを見回した。


『……みんな、ありがとう。私、ミケロンに拾われてから、ずっとみんなと一緒だった。怖いこともあったけど、楽しかった。だから、今度は私が、新しい面白いものを見つけてくる番だよ』


ミケロンが、少し寂しそうに、でも誇らしげに言った。


『行ってらっしゃい、トリオン。待ってるよ』


トリオンはシャトルに乗り込み、ハッチを閉めた。

操縦席に座り、前足でパネルを操作する。

観測者種族のテレパシーで、システムと直接会話できるように改造してある。

エンジンが静かに唸り、シャトルが草原を離れ、ブラックホールの窓へ向かった。


――窓を抜け、外宇宙へ。


初めての一人旅。


シャトルがワームホールを通過し、目的地の星系に到着した。

そこは、情報通り、美しい青い惑星だった。

大気は息を吸えるレベル。

重力は楽園に近い。

表面の70%が海で、残りが緑の大陸。

トリオンはシャトルを大気圏に突入させ、

海辺の砂浜に着陸した。

ハッチを開け、外に出る。


――波の音。


塩の匂い(テレパシーで感じる)。

風が毛をなでる。

足元に、柔らかい砂。

トリオンは、ゆっくりと歩き始めた。


『わあ……本当に、海だ。

ミケロンが話してた、地球の海に似てる』


波が寄せては返す。

遠くに、鳥のような生き物が飛んでいる。

砂浜には、貝殻のようなものが散らばっている。

トリオンは、一つを前足で触った。


『これ、持って帰ろう。みんなに見せたい』


少し歩くと、小さな生き物が現れた。

カニのような甲殻類。

トリオンを見て、はさみを上げて威嚇する。

トリオンはびっくりして後ずさったが、

すぐに笑った(テレパシーで)。


『可愛い!怖がってるんだ』


カニは砂に穴を掘って隠れた。

トリオンは、砂浜に座り、海を眺めた。


『一人って、ちょっと寂しいかも……でも、きれい。みんなに、ちゃんと伝えなきゃ』


記録装置を起動し、映像と自分の感想を送信し始めた。

楽園では、記憶の星の下に集まった猫たちが、

トリオンの冒険をリアルタイムで見ていた。


『すごい! 海だ!』


『トリオン、がんばれ!』


『私も、次は行きたい!』


トリオンは、夕陽が海に沈むのを見た。

オレンジとピンクの空。

波がキラキラ光る。


『……きれい。退屈じゃない。生きてるって、こういうことなんだ』


夜になり、星が出た。

トリオンはシャトルに戻り、記録をまとめながら、少し眠くなった。


『明日も、もっと見てこよう。大陸の方にも、生き物がいるみたい』


一人旅は、まだ始まったばかり。

でも、トリオンはもう、孤独ではなかった。

楽園のみんなが、遠くから見守っている。

そして、いつか帰る場所がある。


――それが、トリオンの、

初めての、でも決して最後のではない、

外宇宙冒険だった。

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