第10話 環状遺構と楽園の痕跡


ワームホールの出口は、静かで不気味な宙域だった。


星の光が薄く、遠くの銀河がぼんやりと霞んでいる。

中央に浮かぶのは、巨大な環状の構造物。

直径は数百キロメートルはありそうで、表面は黒く艶やかな物質で覆われている。

環の内側には、無数の小さな光点が規則正しく並び、ゆっくりと回転している。


「シルバーフィッシュ」と「はちわれ丸」は連結したまま、慎重に接近した。


リナがブリッジのスクリーンを拡大しながら言った。


「これは……遺跡だね。

でも、どの文明のものかデータベースにない。

連合の記録にも、古代種族のものにも一致しない」


太郎は眉を寄せた。


「危険か?」


『……わからないけど、懐かしい感じがする』


ミケロンがホログラムから実体化し、窓に前足を付けた。


『このデザイン、楽園の古い観測塔に似てる。

でも、もっと古い……

宇宙誕生直後の時代に作られたものかも』


リナが目を輝かせた。


「楽園の遺跡?なら、絶対調べる価値ありだよ」


船を環の外縁にドッキング。

三人(と一匹)は宇宙服を着て、船外活動で遺跡に入った。

環の表面に、古いハッチが見つかった。

ミケロンがテレパシーでシステムに触れると、意外にも簡単に開く。

内部は広大な円形通路。

壁には猫のシルエットのような模様が無数に刻まれ、淡く発光している。

空気はなく、真空だが、重力は微かに発生している。

中央部へ進むと、巨大なホールがあった。

ホールの中心に、浮遊する巨大な水晶体。

その内部に、無数の「記憶の星」が封じ込められているように見える。

周囲の壁には、古代の観測者たちの姿が投影されている。

まだ姿がぼんやりとしたエネルギー体だった時代の猫たち。

ミケロンが水晶に近づき、前足を触れた。


瞬間、ホール全体が光に満ちた。


――記憶の洪水が、三人全員に流れ込んだ。


宇宙のビッグバン直後。

原始の混沌の中で、観測者種族が誕生する瞬間。

彼らは最初、この環状遺構を「最初の観測拠点」として構築した。

すべてのブラックホールを繋ぐネットワークのプロトタイプ。

ここで宇宙の法則を記録し、後にネコ・エリシオンを形成する基礎とした。

だが、記憶は暗転する。

宇宙が拡大し、観測が完璧になるにつれ、

種族は「外宇宙への干渉禁止」を厳格に決め、

この遺構を封印した。

なぜなら、干渉の誘惑が強すぎたから。

混沌を観測するだけでなく、変えたくなる衝動を抑えるため。

最後のシーン。

古き猫たちが遺構を去り、


「ここは忘れよ。完璧な楽園のみが我らの家」


と宣言する。

光が収まり、三人は息を荒げていた。

リナが震える声で言った。


「……すごい。

宇宙の歴史を、直接見たみたい」


太郎はミケロンを見た。


「お前、これ知ってたのか?」


ミケロンが首を振った。


『知らなかった……

楽園の歴史書にも、こんな古い遺構のことは書いてなかった。封印された過去なんだ』


水晶の光が、少し揺らぎ始めた。


『……誰かが、来てるよ。楽園から』


ホールの一角に、空間が歪む。

黒い船のシルエットが、現実化し始める。

クロとシロの追跡船だ。

リナが銃を構えた。


「またか……

ここまで追ってくるなんて」


空間が完全に開き、二匹の猫が現れた。

クロ(黒い毛のオス)とシロ(白い毛のメス)。

実体化し、重力を無視して浮かぶ。

クロが静かにテレパシーで話した。


『ミケロン。ここまで来るとは思わなかった。

この遺構は、禁忌の場所だ』


シロが続けた。


『帰りましょう。

古き猫たちが、許すと言っている。

退屈症の治療法が見つかったと』


ミケロンが体を震わせた。


『……治療法?』


『はい。

外宇宙の「混沌」を少しだけ取り入れる方法。

あなたのような家出個体の経験を、楽園全体で共有するんだ。

それで、みんなが救われる』


太郎が前に出た。


「それって、ミケロンを犠牲にするってことか?」


クロが冷たく答えた。

『犠牲ではない。進化だ。ミケロンの記憶を吸収すれば、楽園は新しくなる』


リナが銃口を向けた。


「ふざけるな。ミケロンは物じゃない。自分の人生を選ぶ権利がある」


シロが悲しげに言った。


『でも、このままではミケロンは孤独になる。

外宇宙で、永遠に追われるだけ』


ミケロンが一歩前に出た。


『……私は、もう孤独じゃないよ。

太郎とリナがいる。

それに、私の家出が楽園を変えられるなら……

それは、それでいいかも」


だが、声に迷いがある。

クロとシロが近づく。


『決断の時だ、ミケロン』


ホールに緊張が走る。

太郎とリナは戦闘態勢。


ミケロンは水晶の前に立ち、自分の過去と未来を、天秤にかけていた。





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