第9話 リナの過去
二隻の船は連結したまま、静かな宙域を航行していた。
「シルバーフィッシュ」がメインで、「はちわれ丸」は側面にドッキングした状態。
動力はリナの船から共有し、燃料効率も上がっている。
目的地は、次の補給地「アルタイル・ステーション」。
そこまで三日ほどの距離だ。
太郎は「シルバーフィッシュ」のブリッジに招かれ、リナとミケロンと三人で座っていた。
ブリッジは広めで、窓から星々がゆっくり流れていく。
テーブルには合成コーヒーと、市場で買った残りの青い魚の干物が置いてある。
リナは義眼を光らせながら、ミケロンに話しかけた。
「で、観測者種族ってのは本当に宇宙誕生から見てきたの?
ブラックホールの裏に楽園があるって話、本当?」
ミケロンはホログラムモードのまま、テーブルの上にちょこんと座った。
『本当だよ。
ネコ・エリシオンは、すべてのブラックホールが繋がった場所にある。
私たちはそこで、宇宙のすべてを観測して、記憶の星に記録するんだ』
リナは興味深そうに身を乗り出した。
「記憶の星?」
『美しいもの、面白いものを選んで、空に輝かせるの。誰でも触れれば、その記憶を体験できる』
太郎はコーヒーをすすりながら、横から聞いた。
「前に虹色の宇宙で漂流してたとき、少し話してくれたよな。
でも、なんでそんな完璧な場所から出てきたんだ?」
ミケロンが少し尻尾を伏せた。
『……退屈だったから』
リナが目を丸くした。
「退屈? 宇宙全部見られるのに?」
『うん。
何もかも予測できちゃうんだ。
争いもない。失敗もない。
新しい驚きが、どんどん減っていって……
若い猫たちの間で「退屈症」って病気が広がってる』
リナは静かに頷いた。
「……わかるよ。私も、昔は似たようなもんだった」
太郎がリナを見た。
「お前、さっき家族から逃げ出したって言ってたよな。
貴族の家系?」
リナは義眼を指で軽く叩いた。
「銀河連合の辺境貴族、カーター家。
軍事系の名門でさ、子供の頃から決められた道しかなかった。
軍学校行って、将校になって、家のために働く。自由なんて、一切なし」
彼女はコーヒーを一口飲んで、続けた。
「18の時に、義眼になったのもそのせい。
訓練中の事故で左目を失って……
でも、家は『将校に必要な試練だ』って言って、感情を殺す訓練を増やしただけ。
もう耐えられなくて、20歳の時に家出同然で逃げた」
ミケロンが静かに聞いた。
『それで、フリートレーダーになったの?』
「そうだよ。
最初は密輸船の雑用から始めて、貯めて自分の船を手に入れた。
今は表向きは交易、裏では情報売買や護衛もやってる。自由だけど、危険も多い」
太郎はリナの顔を見た。
笑っているが、どこか寂しげだ。
「お前も、退屈じゃなかったんだな。逃げてから」
リナは笑った。
「退屈? 逆だよ。毎日がハラハラドキドキ。
追われることもあるし、裏切られることもある。
でも、それが生きてるって感じがする」
ミケロンが小さく言った。
『私も、今はそう。
太郎と一緒に逃げたり、戦ったり、市場で走ったり……
楽園じゃ絶対味わえない』
リナは二人の顔を見て、にやりとした。
「いいコンビだね。
人間と観測者種族のタッグなんて、伝説になるよ」
その時、警報が鳴った。
『警告。後方より複数船接近。
識別信号……賞金稼ぎの連合艦隊だ!』
「シルバーフィッシュ」のAIの声。
リナが即座に立ち上がった。
「カオス・バザールの連中が本気で組んだか……
数は五隻。武装は中級」
太郎も立ち上がる。
「どうする?」
リナはブリッジのパネルを操作しながら言った。
「逃げる。
でも、このままじゃ追いつかれる。
近くに古いワームホールの残骸がある。
不安定だけど、使えば振り切れるかも」
ミケロンが提案した。
『私、ワームホールの出口を少し操作できるよ。虹色の宇宙みたいに、変な場所に出るかもしれないけど』
リナが笑った。
「変な場所の方がいい。賞金稼ぎどもが追いにくいからな」
船が急加速。
連結したまま、ワームホール残骸へ突入する。
後方から射撃が飛んでくるが、リナの巧みな操縦で回避。
ワームホールが開き、二隻の船は飲み込まれた。
――視界が歪み、空間がねじれる。
出口は、またしても未知の宙域だった。
星々が奇妙な形に並び、重力が不安定に揺れる。
遠くに、巨大な環状の構造物が浮かんでいる。
明らかに人工物だが、どの文明のものかわからない。
リナが息を吐いた。
「……また、面白い場所に来ちゃった」
太郎は笑った。
「退屈しないな」
ミケロンが喉をゴロゴロ鳴らした。
『うん。これからも、きっと』
だが、三人はまだ気づいていなかった。
この新しい宙域が、楽園の秘密に一歩近づく場所だということに。
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