第7話 星間市場「カオス・バザール」
ワームホールを抜けた先は、賑やかな宙域だった。
無数の船が行き交い、巨大な環状ステーションが銀河の光を浴びて輝いている。
看板のようなホログラムが乱雑に浮かび、異星人の言語で「ようこそ!」「激安!」「禁制品も少しだけ!」と叫んでいる。
星間市場「カオス・バザール」
辺境交易の聖地とも、無法地帯とも呼ばれる場所だ。
銀河連合の管轄外だから、海賊も商人もしょっちゅう出入りする。
「はちわれ丸」はようやくドッキングを完了した。
塔から得た量子ビットのおかげで、船はほぼ完全復旧。
燃料も満タン、システムも安定している。
太郎は宇宙服を脱ぎ、ミケロンを肩に乗せて船を降りた。
ミケロンはホログラムモードで、周囲から猫の光の投影に見えるようにしている。
『わあ! すごい人! いろんな匂い!』
ミケロンの声が興奮気味だ。
市場の通路は人で溢れていた。
人間、 reptilian 種、触手を持つクラゲ型、浮遊するガス生命体まで。
屋台では焼けた肉のようなもの、発光する果物、怪しい薬が売られている。
音楽が鳴り響き、喧嘩の声もどこかで聞こえる。
太郎は少し緊張していた。
「目立つなよ。
お前みたいなホログラムの猫、珍しいからな」
『大丈夫だよ。みんな自分のことで忙しいから』
実際、通路を歩いても誰も気にしない。
カオス・バザールでは、奇妙なものは日常茶飯事だ。
まず向かったのは、船用品の区画。
太郎は量子コンピュータのスペアパーツと、食料を補充した。
ミケロンは興味津々で屋台を眺め、テレパシーで太郎に実況する。
『あそこ、魚みたいなのが焼いてる!
食べられるかな?』
「量子ビット以外も食えるって言ってたよな。
試してみるか?」
太郎は屋台で、青く光る魚の串焼きを買った。
異星人の店主が「新鮮だよ! 脳が活性化するぞ!」と笑う。
ミケロンはホログラムから一瞬実体化し、串焼きにかぶりついた。
『……味しない。でも、面白い食感!
エネルギー変換効率は78%くらい』
「味しないのかよ……残念だな」
二人は笑いながら市場を進んだ。
次に立ち寄ったのは、情報屋の集まるバー。
薄暗い店内で、さまざまな種族が酒を飲み、噂話をしている。
太郎はカウンターに座り、合成ウィスキーを注文した。
ミケロンは肩の上で小さくなっている。
バーテンダーは多眼の昆虫型で、器用にグラスを拭いている。
「辺境から来た採掘船か?
最近、黒い追跡船を見なかったか?
連合じゃなくて、もっと古いデザインの」
太郎はグラスを傾けながら、さりげなく聞いた。
「黒い船? さあ……見たことないな。
何かあったのか?」
バーテンダーが声を潜めた。
「噂だよ。
猫の種族――観測者だかなんだか――の執行者が、
家出してきた若い個体を追ってるらしい。
楽園って場所から逃げ出したんだと。
大ごとらしいぜ」
ミケロンが肩の上で固まった。
太郎は平静を装った。
「猫の種族ねえ……伝説だと思ってたけど、本当にあるのか」
『太郎、静かに……この話、広まってるよ』
「大金懸かってるらしい。
捕まえたら楽園から報酬が出るって話だ。
だから、海賊どもも目を光らせてる」
太郎はウィスキーを飲み干した。
「面白い話だな。まあ、俺には関係ないけど」
店を出て、通路に戻る。
ミケロンが心配そうに言った。
『ごめん、太郎。私のせいで、危なくなってきたね』
「気にすんな。
むしろ、面白くなってきただろ?
お前を探してる奴らがいるってことは、
お前がそれだけ大事だってことだ」
その時、通路の奥から騒ぎが聞こえてきた。
「そいつだ! ホログラムの猫を連れた人間!」
数人の武装した異星人が、こちらを指差している。
海賊か、賞金稼ぎか。
明らかに物騒な雰囲気だ。
『やばい! 情報が漏れてる!』
太郎は舌打ちした。
「走るぞ、ミケロン!」
二人は人混みに紛れて逃げ始めた。
市場の迷路のような通路を抜け、屋台を飛び越え、追っ手を撒こうとする。
『あそこ! サービス通路!』
ミケロンが案内する。
狭い裏通路に入り、なんとか追っ手を振り切った。
息を切らしながら、船のドッキングベイに戻る。
「くそっ、しつこいな……
楽園の噂がもう広まってるなんて」
船に乗り込み、即座に出港準備。
ミケロンが実体化して、太郎の膝に乗った。
『私のせいで、ごめんね……
もう、旅やめた方がいいかな?』
太郎は操縦桿を握り、笑った。
「ばか言うな。これくらいでやめるかよ。それに――」
船がステーションを離れ、宇宙空間へ飛び出す。
「お前がいると、退屈しないだろ?」
ミケロンが、久しぶりに喉をゴロゴロ鳴らした。
『……うん。私も、太郎といると、楽しいよ』
だが、市場で得た情報は、二人の旅に新たな影を落としていた。
楽園の追手だけでなく、
賞金目当ての第三者も動き始めた。
二人の旅は、ますます危険で、面白くなっていく。
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