第6話 塔の守護者たち


古代観測塔のドームが、淡い青白い光に包まれた。


外の虹色宇宙を背景に、遺跡の表面から無数の光の粒子が噴き出し、半球状の防御フィールドを形成する。

追手の二隻の黒い船が、フィールドにぶつかり、弾き返された。

太郎は中央の記憶の結晶の前に立ち、ミケロンを肩に乗せていた。

宇宙服のヘルメット越しに、息が白く曇る。


「これで、どれくらい持つんだ?」


『……30分くらいかな。

塔の残量エネルギーじゃ、これが限界。でも、その間に何かできるはず』


ミケロンが結晶に前足を触れ続ける。

塔のシステムを深く探っている様子だ。

追跡船が再び態勢を整え、フィールドに連続射撃を浴びせてくる。

光の壁が揺らぎ、わずかにひび割れる音が響く。

その時、テレパシーの通信が直接頭に割り込んできた。


『ミケロン。抵抗をやめなさい。

楽園に帰還するのです。

これは、古き猫たちの命令です。』


声は落ち着いているが、どこか悲しげだ。

クロかシロ、どちらかわからない。

ミケロンが体を硬くした。


『……クロお兄さん?

やっぱり、あなたたちだったんだ』


『そうです。

私とシロで、執行任務を任されました。

あなたを傷つけたくはない。

だから、素直に――』


太郎が口を挟んだ。

声は宇宙服の外部スピーカーから出る。


「お前ら、ちょっと待てよ。

ミケロンは自分で家出してきたんだ。

強制的に連れ戻すのは、違うだろ」


通信にわずかな沈黙。


『……人間。あなたは関係ない。

観測者種族の内事だ。

船を離れなさい。

そうすれば、見逃してやる』


「関係ないわけないだろ。ミケロンは俺の相棒だ」


ミケロンが小さく震えた。


『太郎……』


追跡船が再び射撃。

フィールドがさらに揺らぐ。


『時間がない。

ミケロン、最後の警告だ。

帰還を拒否するなら、塔ごと破壊する』


ミケロンが結晶に深く意識を沈めた。


『……あった!塔の古い機能、まだ使えるやつ!』


「何だ?」


『「守護者召喚」。

昔、外敵から塔を守るために作られた自動防衛システム。

エネルギー消費は大きいけど……一発逆転できるかも』


「やれ!」


ミケロンが結晶を強く押すような仕草をした。

瞬間、塔全体が激しく振動した。

ドームの床が開き、無数の光の球体が浮かび上がる。

それぞれの球体の中に、猫のシルエットが浮かんでいる。

実体がない、純粋なエネルギーの分身だ。


『これが……守護者たち。

昔の観測者たちの残留思念をベースにしたプログラム』


数十体の光の猫が、塔の外へ飛び出していった。

外の宇宙空間で、壮絶な戦いが始まった。

守護者たちは流れるように動き、追跡船の射撃をかわす。

前足を振るうたび、光の刃が放たれ、黒い船のシールドを削る。

追跡船も反撃するが、数で圧倒されている。

通信が乱れる。


『……これは!?

古代の防衛システム……

そんなものがまだ稼働するとは!』


シロの声だ。驚きが混じっている。

守護者たちは容赦ない。

一隻の追跡船のエンジン部に集中攻撃を浴びせ、爆発を誘発する。

黒い船が炎を上げて旋回し、撤退態勢に入る。

もう一隻もシールドが限界に近づいている。


『……撤退する!

ミケロン、これは終わりじゃない。

楽園は、あなたを諦めない』


二隻の黒い船は、虹色の宇宙の奥へと逃げ去っていった。

塔の振動が収まり、守護者たちが光の粒子となって消えていく。

防御フィールドも解除され、静寂が戻った。

太郎は大きく息を吐いた。


「……勝った、のか?」


ミケロンが結晶から前足を離した。

体が少し透けかけている。エネルギーを使いすぎたようだ。


『うん。でも、塔の残量はほぼゼロ。もう動かせないよ』


「でも、船は完全に復旧しただろ?」


『そうだね。量子ビットも満タン。ここから脱出できる』


二人は遺跡を後にし、「はちわれ丸」に戻った。

エンジンが完全に再起動し、航行システムも正常。

虹色の宇宙を離れ、通常空間へのワームホールを探す。

操縦席で、太郎はミケロンに聞いた。


「お前、帰りたくないのか?

あいつら、家族みたいなもんだろ」


ミケロンが少し考えてから答えた。


『うん、昔は一緒に遊んだり、観測記録を共有したりした。

優しかったよ。

でも、今は違う。

楽園に戻ったら、また退屈な日々が待ってるだけ』


太郎は頷いた。

「なら、行くぞ。次は、もっと面白い場所に」


船がワームホールを開き、虹色の宇宙を後にした。

だが、ミケロンの心には小さな影が残っていた。


――クロとシロは、また来るだろう。


楽園は、諦めない。

そして、楽園自体が、少しずつ変わり始めているのかもしれない。

自分の家出が、種族全体に波紋を広げていることに、ミケロンはまだ気づいていなかった。





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