第5話 漂流の果ての遺跡
虹色の宇宙を半日ほど漂流した後、「はちわれ丸」はようやく何かに近づいた。
メインスクリーンに映ったのは、巨大な浮遊構造物だった。
球体に近い形だが、表面は不規則に凹凸があり、ところどころが崩れかけている。
素材は金属とも石ともつかない、淡い青みがかった物質。
周囲を薄い光の粒子が包み、ゆっくりと回転している。
「人工物だな……廃墟か?」
太郎は慎重に船を接近させた。
補助エンジンの出力は限界に近く、細かな制御が難しい。
でも、近くに寄れば燃料の補給源か、修理部品が見つかるかもしれない。
ミケロンは膝の上から体を起こし、耳をぴくりと立てた。
『……これ、知ってるかも。
観測記録に似た構造がある。
古代の「観測塔」だよ。
私たちの種族が、昔、外宇宙に作った監視拠点』
「観測塔? お前らの仲間が作ったのか?」
『うん。でも、楽園ができる前。
宇宙がまだ混沌としてた頃に、観測を効率化するために建てたもの。
今はもう使われてなくて、ほとんど忘れ去られてる』
船が遺跡にドッキング可能な位置まで近づく。
表面に古いエアロックらしきものが確認できた。
太郎は宇宙服を着込み、ミケロンを抱えて船外へ出た。
真空の中、ミケロンは当然のように普通に浮遊する。
毛が逆立たず、息もしていないのに、生き生きとしている。
『ここ、懐かしい匂いがする』
「匂いって……真空で匂うのかよ」
『テレパシー的な匂いだよ。記憶の残り香みたいな』
エアロックは意外と簡単に開いた。
内部は埃っぽく、照明は一部が点灯している。
廊下の壁には、猫のシルエットのようなレリーフが彫られている。
不思議と落ち着くデザインだ。
二人は遺跡の奥へ進んだ。
中央部に巨大なドーム状の部屋があった。
天井は透明で、外の虹色の宇宙が広がっている。
部屋の中央に、巨大な球体が浮かんでいた。
表面に無数の小さな光点が点滅している。
『これ……記憶の結晶だ』
ミケロンが近づき、前足を触れる。
瞬間、部屋全体が光に包まれた。
太郎の視界が一変した。
――無数の映像が流れ込む。
原始の宇宙。
星の誕生。
最初の生命の出現。
銀河の衝突。
そして、猫のような姿をした観測者たちが、この塔を建設する様子。
彼らは「外宇宙の混沌を記録し、楽園の基礎とする」ために、ここにいた。
映像は続き、塔の衰退を描く。
観測が楽園に移行するにつれ、塔は放置され、徐々に崩壊。
最後の観測者が去る瞬間、塔は「待機モード」に入った。
光が収まると、ミケロンが震えていた。
『……この塔、まだ生きてる。電力源は残ってるよ。量子ビットが、微量だけど蓄積されてる』
「それなら……船の修理に使えるか?」
『うん。でも、ちょっと時間かかるかも。
塔のシステムと「はちわれ丸」を同期させる必要がある』
太郎は頷いた。
「わかった。やるぞ」
二人は遺跡内で作業を始めた。
太郎は工具を駆使して配線を繋ぎ、ミケロンはテレパシーで塔のシステムを操作。
量子ビットを少しずつ船に転送していく。
作業中、ミケロンがぽつりと語った。
『この塔を作った先輩たちは、きっと私たちみたいに退屈を感じてなかったんだろうな。
宇宙が新鮮だった頃だから』
「今のお前は、どうなんだ?」
ミケロンが少し考えてから答えた。
『……今は、退屈じゃないよ。
太郎と一緒にいるから。
毎日、何か予想外のことが起きる』
太郎は苦笑した。
「予想外って、ほとんどお前のせいだけどな」
『それがいいんだよ』
数時間後、量子ビットの転送が完了した。
船のシステムが徐々に復旧し始める。
メインエンジンが再起動の兆しを見せ、照明が明るくなった。
だが、その時――
遺跡の外で、微かな振動。
『……エネルギー反応。接近中』
ミケロンの声が緊張する。
スクリーン(遺跡のモニターに転送された映像)を見ると、虹色の宇宙の向こうから、二隻の黒い船が近づいてくる。
先日の追手と同じデザイン。
クロとシロの船だ。
「またかよ……しつこいな」
『どうする?
塔の防衛システム、起動できるかも』
太郎は一瞬迷った。
――逃げるか、戦うか。
だが、ここはただの漂流地じゃない。
古代の観測塔。
ミケロンの故郷の遺産。
「起動しろ。
俺たちは、ただの家出猫とボロ船の船長だ。
でも、今日は……守るものがある」
ミケロンが頷いた。
『了解。塔の防衛モード、オン』
遺跡の表面から、光の粒子が噴き出した。
塔全体が淡く輝き、防御フィールドが展開される。
追手の船が射撃を放つが、光の壁に阻まれる。
『……来るよ、太郎』
二人は遺跡の中央に立ち、
虹色の宇宙をバックに、
新たな戦いを迎えようとしていた。
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