第3話 楽園の追手と虹色の逃走


警告射撃の光が、再び「はちわれ丸」の側面をかすめた。

太郎は操縦桿を握りしめ、急旋回で回避する。

古い船体がきしむ音が響く。


「くそっ、このボロ船じゃ逃げ切れねえ!

ミケロン、何かできるって言ったよな!?」


膝の上でホログラム化していたミケロンが、耳をぴくりと立てた。


『うん。ちょっと待ってね。

あの船の思考、読んでみる』


ミケロンの瞳が、淡く光った。

ホログラムの体がわずかに実体化し、前足を虚空にかざす。

次の瞬間、太郎の頭の中に別の「声」が割り込んできた。


『……目標確認。家出個体ミケロン。

生きたまま捕獲。抵抗する場合、船ごと破壊許可あり。』


冷たい、機械的ではないが感情の薄いテレパシー。

明らかにミケロンと同じ種族のものだ。


『二人組だよ。名前は……クロとシロ。

楽園の執行者。昔、私の面倒見てくれたお兄さんお姉さんみたいな存在』


ミケロンの声に、わずかな寂しさが混じる。


『でも今は、命令で動いてる。

私を連れ戻すためなら、君の船を壊してもいいって思ってる』


黒い追跡船が距離を詰めてくる。

明らかに性能が上だ。

エンジン出力、武装、シールド――すべてが「はちわれ丸」の数倍。

太郎は歯噛みした。


「執行者って……お前、本当に家出扱いされてんのかよ」


『うん。楽園じゃ最大級の禁忌だからね。

外宇宙に干渉しちゃいけない。観測だけが使命だって』


「だったらなんでお前は――」


話してる暇はなかった。

追跡船が本格的な射撃を開始した。

プラズマビームが連続で飛んでくる。

太郎は必死に回避運動を繰り返す。

だが、徐々にシールド値が低下していく。


『このままじゃ30分持たないよ、太郎』


「わかってる! 近くにワームホールとかないのか!?隠れられる場所とか!」


ミケロンが少し考え込んだ。


『……あるよ。でも、ちょっと危ないやつ。

未安定ワームホール。座標は持ってるけど、出口がどこに出るか予測不能』


「予測不能でもいい! ここで捕まるよりマシだ!」


『了解。座標送るね』


ミケロンが前足で虚空をなぞる。

メインスクリーンに座標データが表示された。

距離、約8分。

追跡船がさらに加速。

明らかにワームホールへの進路を読み取った様子。


『阻止しようとしてる。

このままじゃ、ワームホール到達前にやられる』


太郎は唇を噛んだ。


「……お前、さっき重力発生器いじったよな。

あれ、もう一回できないか?

敵の船に直接何か仕掛けるとか」


ミケロンが目を輝かせた。


『できる! でも、私の量子ビット残量が少ない。

さっき餌食べすぎちゃったから……』


「残りどれくらいだ?」


『船のコンピュータからもう少し吸えば、10分は持つけど……

その代わり、この船のシステムが完全にダウンするかも』


太郎は一瞬だけ迷った。

――この船は、10年間の相棒だ。

家族を失ってから、唯一の居場所だった。

でも、今は違う。

膝の上に、別の相棒がいる。


「……やれ。全部使え」


『太郎……』


「早く!」


ミケロンが大きく息を吸い込んだ――ように見えた。

ホログラムが実体化し、船内の量子コンピュータに前足を突っ込むような仕草。

瞬間、船内の全照明が消えた。

緊急灯だけが赤く点滅する。

そして、ミケロンの体が眩しく輝いた。


『いくよ!』


ミケロンが前足を振り下ろす。

追跡船に向かって、目に見えない「何か」が放たれた。

追跡船の動きが、突然乱れた。

――重力操作だ。

追跡船の周囲で空間が歪み、船体がねじれるように回転し始める。

人工重力が暴走したかのように、内部で何かが激しくぶつかる音がテレパシーで伝わってくる。


『……制御不能!

ミケロンの干渉……対応できない!』


クロとシロの困惑した声。

その隙に、「はちわれ丸」は全速力でワームホールへ突っ込んだ。

ワームホールの入口が、虹色に輝いて開く。

太郎は最後の力を振り絞って船を誘導した。


「いくぞおおお!」


船がワームホールに飲み込まれる瞬間――

追跡船がどうにか重力を安定させ、追撃態勢に入った。

だが、遅かった。

虹色の光がすべてを包み、視界が歪む。

――空間がねじれ、時間が引き伸ばされる感覚。

太郎はシートに体を押し付けられながら、叫んだ。


「ミケロン! 大丈夫か!?」


ミケロンの姿が、薄くなりかけていた。


『……うん。量子ビット、使いすぎちゃった。

ちょっと眠るね……』


ホログラムが消え、ミケロンの実体が太郎の膝に倒れ込んだ。

普通の猫のように、ぐったりと。

船はワームホールを通過し――

突然、静寂が訪れた。

メインスクリーンが復旧し、外の景色が映る。

そこは、見たこともない宇宙だった。

星々が虹色に輝き、銀河が渦ではなく花びらのように広がっている。

重力が柔らかく、船がふわふわと浮遊している感覚。

空間そのものが、夢のように美しい。

太郎は息を飲んだ。


「……ここ、どこだ?」


ミケロンは眠ったまま、小さく答えた。


『……わからない。でも、楽園じゃない。

外宇宙の、どこか新しい場所』


船のシステムが、次々とエラー表示を出す。

量子コンピュータダウン。

航行システム半壊。

燃料残量、危険。

だが、太郎は笑った。


「はは……ははは!生きてるぞ、ミケロン!

追手も振り切った!」


ミケロンが、薄く目を開けた。


『……うん。太郎、ありがとう。

君がいなかったら、私、一人で逃げられなかった』


二人は、虹色の宇宙に浮かぶ小さな船の中で、

初めて本当の意味で「相棒」になった気がした。

遠くで、未知の星々が輝いている。

新しい冒険が、待っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る