第2話:理論と兵器の試運転

 放課後の静寂を切り裂いたのは、電子的な警報音だった。

 半蔵の左手首に仕込まれた軍用端末が、不吉な赤色に明滅する。


「――下がれ。客人が来たようだ」


 半蔵がリヴィア王女の肩を突き飛ばすように背後へ追いやる。その無機質な動作には、王女を「守るべき人間」としてではなく、「守るべき国家資産」として扱う兵器特有の冷徹さが宿っていた。

 彼が腰の隠しホルダーから引き抜いたのは、政府の特務機関が極秘裏に開発した『高周波振動破砕刃』。起動と共に、刀身が空間そのものを削り取るような不快な唸りを上げる。


 同時に、廊下左右の窓ガラスが爆砕した。

 飛散するガラスの破片が夕日に反射し、きらめく殺意となって降り注ぐ。そこから踊り込んだのは、黒いタクティカル・スーツに身を包んだ『八咫烏』の実行部隊だ。彼らは一切の名乗りを上げず、消音器(サプレッサー)を装着したサブマシンガンの銃口を容赦なく王女へと向けた。


「大伴、貴様はそこで見ていろ。……国家の『完成』を見せてやる」


 半蔵の網膜に投影されているのは、AR(拡張現実)によって描かれた数秒先の未来だ。敵の射線、弾道予測、心拍の変化から予測される筋肉の収縮。最新の人工知能が導き出す「最適解」に、半蔵は自らの身体を委ねる。

 

 半蔵が動いた。

 スーツ内部の人工筋肉が、人間の限界を超えたトルクで彼の脚を跳ね上げさせる。

 火を噴くマシンガンの銃弾。だが、半蔵はその弾丸の隙間を縫うように、幾何学的なステップで距離を詰める。無駄を極限まで削ぎ落とした最短ルートの連撃。振動刃が暗殺者の喉元を、まるで熱したナイフでバターを撫でるように滑らかに切断していった。

 

 血が舞い、肉の焼ける臭いが漂う。

 それは、国家の予算と技術が作り上げた「システマチックな屠殺」だった。


「……ふん。相変わらず、計算通りのつまらない動き」


 理科準備室の扉の陰、零が退屈そうに鼻を鳴らす。彼女の瞳には、半蔵の鮮やかな勝利など映っていない。彼女が見ているのは、常に自分の頭の中にある「理論」の整合性だけだ。

 

「忍くん、次。右から三名。……私の『慣性中和理論』の第三項、試してみて」

「……言うのは簡単だよな、零。こっちは付き合うだけで精一杯だってのに」


 忍は溜息をつき、零に渡された黒い手甲の側面に指を添えた。

 零の独自理論は、半蔵の使う「既存の物理をブーストする科学」とは根本から異なる。それは「人間が動く際に生じるエネルギーのロスを、理論上ゼロにする」という、数学的な狂気を形にしたものだ。


 忍が踏み込んだ。

 その瞬間、半蔵のセンサーが異常なアラートを吐き出した。

 忍の動きには「予備動作」が存在しない。加速の瞬間にかかるはずのGが、手甲の内部で制御された微小振動によって完全に相殺されている。

 

 忍は、走ってはいなかった。

 ただそこにいたはずの身体が、コンマ数秒後には暗殺者の懐という「次の座標」へと転移したかのように移動していた。


「――っ!?」


 暗殺者が恐怖に引き攣った顔で銃口を向ける。だが、忍の手甲がその銃身を軽く撫でるように触れた瞬間、厚さ数ミリの強化鋼鉄が、まるで紙細工のように捻じ曲がった。

 零の理論:『運動エネルギーの超収束』。

 忍は力を込めていない。ただ、手甲を介して「ここを壊す」という零の理論上の最適点をなぞっただけだ。


 忍が放ったのは、ただの掌打だった。

 しかし、接触の瞬間に手甲内部のウェイトが極限の同期を果たし、敵の肋骨を貫通して心臓そのものを衝撃波で「停止」させる。

 

 暗殺者の身体が、音もなく後ろの壁に貼り付くように沈んだ。

 外傷はほとんどない。だが、その内部構造は零の理論によって徹底的に破壊されていた。


「……何をした」


 最後の一人を斬り捨てた半蔵が、凍りついた声で問いかける。

 彼が背負う技術は、すべて「理屈」が通るものだ。だが、今の大伴忍の動き――そして彼が身に付けているガラクタから放たれた現象は、政府のデータバンクには存在しない、狂った個人(九十九零)の妄信が具現化した「異世界の物理」だった。


「ただの付き合いだよ。……お前の言う『完成』には、少し鋭すぎる理論みたいだけどな」


 忍は手甲を外すことなく、淡々と血糊を払った。

 

「忍くん、今の衝撃波の波形、あと一ミリ秒遅らせられる? 次の理論に繋げたいんだけど」

 零は満足げに手帳へ数式を書き込み、戦場を「実験場」としてしか認識していない。

 一方、王女リヴィアは、恐怖に震えながらも、半蔵の「完成」を無視し、忍が振るった「理解不能な暴力」に、抗いがたい希望を見出したかのように瞳を輝かせていた。


「大伴忍。……やはり貴様は、今のうちに始末しておくべき不確定要素か」


 半蔵の振動刃が、微かな唸りを上げて忍に向けられる。

 護衛すべき姫を挟み、廊下に流れるのは冷徹な国家の意志と、底知れぬ正統の静寂。

 そして、それらを特等席で観測する少女の、狂気的な笑みだった。

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