無刃の正統 ―四十代目当主は、理論を脱ぎ捨てる―

五平

第1部:静かなる再会と「違和感」

第1話:窓際のError: Null

 都立十条高校、2年B組。

 午後の微睡みに包まれた教室で、大伴忍は窓の外を眺めていた。聖徳太子の時代から続く「正統」の血筋――その四十代目当主という肩書きは、現代においては何の役にも立たない。ただ、先代から受け継いだ「気配を殺し、世界と同期する」という業のせいで、彼はクラスの誰からも意識されない、透明人間のような平穏を享受していた。


 その平穏は、一人の男の登場によって、微かな、しかし決定的な亀裂を入れられる。


「……本日より転入してきた、服部だ。服部正成」


 教室がざわめく。教壇に立つ男は、高校生とは思えぬ冷徹な覇気を纏っていた。

 服部正成――二十代目服部半蔵。

 政府直轄の忍として、現代の闇を管理する「完成された兵器」。その制服の内側には、国家の粋を集めた最新鋭の諜報デバイスが隠されていることを、忍は直感的に察知した。


 半蔵の視線が、無機質に教室をスキャンしていく。

 彼の網膜に投影されているのは、クラスメイト全員の心拍数、体温、そして推定戦闘能力の数値化されたデータだ。だが、その視線が最後列の窓際、忍の場所で止まった。


(……なんだ、これは)


 半蔵の視界で、忍の頭上に表示されたステータスウィンドウが激しく明滅し、赤い文字を吐き出す。

『Error: Null ―― 対象の存在を定義できません』


 そこに「いる」のは見えている。だが、最新のバイオメトリクス・センサーは、大伴忍という構造体を「生命」として認識することを拒否していた。

 半蔵の眉が、わずかに動く。

 十年前。冷たい畳の上、父の後ろに控えていたあの「影」のような少年の輪郭が、目の前の無気力な同級生と重なった。


---


 放課後。

 忍は、校舎の隅にある理科準備室の重い扉を開けた。

 そこは、カビ臭い標本と最新の電子工作機器が混在する、九十九零の聖域だ。


「……またその顔。忍くん、私の理論に不満があるの?」


 白衣を羽織り、焦点の定まらない瞳で数式を書き殴っていた零が、顔を上げずに言った。彼女は忍の正統な血筋を「解析」しようとはしない。ただ、彼女の中にある狂気的な「戦闘物理学」を具現化するための、唯一の接点として忍を見ている。


「不満っていうか……これ、本当に必要なのか? 零」


 忍が指し示したのは、作業台に置かれた一対の黒い手甲だった。

 一見すれば洗練された防具だが、その構造は既存の工学を無視している。極小の重錘(ウェイト)が計算され尽くした配置で埋め込まれ、装着者の「重心」を強制的に操作する、零独自の『慣性固定理論』の結晶。


「必要だよ。今の忍くんは『自由すぎ』て、物理法則が泣いているもの」

 零が歩み寄り、忍の腕を取る。

「私の理論が正しければ、この手甲は君の踏み込みから生じる『無駄な熱』を、すべて破壊衝動に変換するはず。……さあ、付けて。実験台としての礼儀でしょ?」


「……。わかったよ、付き合うよ」


 忍は諦めたように溜息をつき、その「冷たい理論」を腕に纏った。

 装着した瞬間、手甲が吸い付くように忍の筋肉と同化する。零の理論が、忍の身体という「正統」に、無理やり現代の理(ことわり)を上書きしていく。


 忍は軽く拳を握った。

 その時、準備室の扉が静かに開く。


「……やはり、貴様か。大伴」


 そこに立っていたのは、政府支給のタクティカル・スーツを制服の下に隠し、完璧な殺気を制御した服部半蔵だった。

 半蔵の背後には、この国に短期留学してきたという「どこぞの国の姫」――リヴィアの姿がある。


「その奇妙なガラクタが、大伴の今の『得物』か。……失望したぞ」


 半蔵の冷徹な言葉が、放課後の静寂を切り裂く。

 最新兵器を纏う「完成」の服部。

 独自理論を押し付ける「異端」の九十九。

 そして、その理論に静かに付き合う「正統」の大伴。


 三つの意思が交錯し、現代に潜む「忍の戦い」の幕が上がった。

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