第2話 ハンプティ・ダンプティ・ビギニング

あの日、僕は優奈に捨てられ、心が粉々に壊れた。

しかも、優奈に捨てられた後、超能力が発現して、僕は、乳白色の殻に包まれ、黒い波動が出せるようになっていた。黒い波動は治まったんだけど、乳白色の殻はなかなか消えなかったから、一人、乳白色の殻の中で泣き続けていた。気づいたら土曜日の夜になっていて、いつの間にか、乳白色の殻は消えていた。


僕は優奈や間男から言われた言葉が頭に残っていて

常に心が壊れ続けていたけど、頭の片隅でこのまま残っていたら、明日の昼にはアイツらが帰ってきて、僕の心やひょっとしたら身体までもズタズタに切り裂かれるかもしれない。


僕は震える手で父親に連絡する。

優奈に裏切られて貯金を奪われたことを言おうとしたが、間男の最後の言葉が残っていて、最近、身体を壊した父親やそれを支える母親に変な輩がまとわりつくのは嫌だったので、父親には優奈と話し合って穏便に別れることになったと伝えた。


父親は僕の打ちひしがれた様子に、深くは追求しないと決めたのか、


「そうか…。残念だったな。」


そうひと言だけ言って、何も聞かないでくれた。

僕は父親に、優奈の家から荷物を持って帰りたいから車で迎えにきてくれるようお願いした。


父親は僕の言ったことを本当に信じ、優奈に文句を言われ、訴えられたら、僕がさらに傷付くと考えたのか、何も言わずに車で迎えに行くと言ってくれた。

裁判沙汰や警察沙汰になったら、女性の主張が通りやすい世の中のおかげで、僕の言うことを父親が深く考えず、受け入れてくれて助かったとこの時ばかりは思ってしまった。


僕は父親に電話した後、ノロノロと立ち上がり、テレビで見るゾンビのようにゆっくりとした動きで荷物をまとめた。


そして、父親が優奈のマンションの前に車をつけてくれると、僕は荷物を出し、父親と一緒に車に乗せていく。


少ない僕の荷物を父親の車に乗せると、僕は優奈の家の鍵を郵便ポストに入れ、父親と一緒に実家に戻った。


〜~~~~~~~~~~~


あの日、優奈に渡す予定だった指輪は僕の部屋の机の上に置きっぱなしで、捨てる勇気も売る勇気もない僕は指輪の箱を見ては、心を打ち砕かれている。


1週間経っても、優奈に裏切られたことは、僕の心にグサリと突き刺さったまま、僕の心は癒されることはなかった。

そして、もう一つ、あの日に起きた超能力の発現、特にあの黒い波動の壊す力への恐ろしさが日に日に大きくなっていった。


超能力については、あの日以来、発現はしていないが、僕は超能力については何一つ、試してはいなかった。

あの時、僕の周りを包んだ乳白色の殻と言うか膜…みたいなもの、そして、写真立てを壊した右手を包んだ黒い波動…。

僕は自分の身に起きたことをいまだに信じられない。しかし、傷付いていようが、考えることは多くあろうが、僕は会社員だ。

臆病者の僕は会社を辞める勇気も仮病で休む勇気もない。

両親に頼んで、実家に住まわせてもらって、会社には遅れる事なく、出勤している。


しかし、会社には出勤しているだけだ。

仕事は手につかず、上司からは叱責の毎日で、残業をしても、終わらない仕事を抱えてぼんやりと過ごす。


「こりゃ、いずれクビかな?」


僕は会社からの残業帰りの夜、そう一人呟き、駅までの帰り道をトボトボと歩いていた。


ここのところ、毎日、残業をしているので、実家の両親には、僕の分の晩ご飯は入らないと伝えている。

僕は空腹を満たすために、繁華街のコンビニへ向かっていた。


「目の前で優奈の浮気現場を見て、ショックを受けても、腹は減るんだよな。」


そう自嘲気味に呟きながら、駅近くのコンビニまで歩いている。

駅近くと言っても、コンビニは主要な道路には面したところにはないので、僕が今歩いている道は一本奥に入ったところなので人通りはそんなに多くはない。

すると、路地裏から男達の笑い声と、女性の悲鳴が聞こえてきたので僕は足を止めた。


僕が、声が聞こえてきた路地裏をのぞくと、三人の男がなにやら楽しそうに女性に話しかけていた。

男達は三人で一人の女性を取り囲んでおり、誂っているのか、時折、女性を触ったりして下品な笑い声を上げている。

かつての僕なら、震えながら警察に通報したか、見て見ぬふりをして逃げていたと思う。しかし、優奈の裏切りによって虚無感に包まれていた僕はぼんやりとその光景を眺めて見てしまっていた。

「おい、そこのチビ。何見てやがんだ、ケガしたくなきゃとっとと失せろ!」


男の一人が、威嚇しながら僕の方にゆっくり歩いてくる。


確かに僕はそんなに背は高くない。

それに比べて、女性を取り囲む三人の男達は全員背が高く、身体つきもがっしりしているなぁ。


そんなことを考えていると、男が僕の目の前まで来ていて、僕を睨みつけながら、


「お前、何でひと言も喋らねえの?俺たちがあまりにも怖すぎて、びびってなにも言えねぇの?」


そう脅してきた。

男は僕の態度が気に食わないのか、それとも我慢の限界を迎えたのか、ポケットからナイフを取り出し僕に向けてきた。


僕はナイフを見ても、

どこか非現実的な感じを受けていて、ぼんやりとナイフを見ていた。

その様子を見て、ますますナイフ男は自分の嗜虐心をそそられたのか、ニヤニヤしながら僕に話しかける。


「おいおい、そんなに怖がらなくてもいいじゃねえか?それともお前もあの女を触りてぇのか?」


ナイフ男の言葉を聞いて、ナイフ男の後ろにいる二人の男も女性を押さえつつ、こちらを見てニヤニヤしている。


ナイフ男は僕の頬にナイフを近づけ、少しだけ力をいれると僕は頬に微かな痛みを感じた。

僕が頬に手を当てると、手に濡れた感覚があり、見ると手には血がついていた。


「おや、すまねえな。ちょっと手が滑ってしまったぜ。でもなぁ。早く、どっかいかねえと今度は別のところが切れたりして痛い思いするかもしれねぇぜ。」


手についた血を見ている僕には、ナイフ男の言葉は、一切入ってこない。


​「……身体の傷はなくなるかもしれないけど、心の傷は、二度と消えない。」


​僕はそう呟く、優奈に捨てられ、間男には嘲られたあの日を思い出すと心が潰れそうになる。


「あぁ?何、ボソボソ言ってやがんだ?俺が優しくしている内にどっか…、」


ナイフ男の言葉が終わらない内に、僕の身体から、ドロリとした乳白色の霧のようなものが出て、あっと言う間に、僕を包み込みあの時の巨大な殻というか膜みたいな物を形成する。


外側のナイフ男は、


「なんだこりゃ!? 消えやがった……いや、壁か?!」


ナイフ男からは僕のことは見えていないみたいだけど、僕からは乳白色の薄い殻を通してはっきりと相手や景色は見えている。


「もしかしてこいつ、超能力者か?!福丘県のヒーローか?クソッ!」


ナイフ男は苛立ったのか、乳白色の殻にナイフを突き立てようとする。

僕はナイフに刺されると思い、咄嗟に躱そうするけど、避ける時間も技術もない。僕はナイフが刺さると思って目を瞑ってしまった、


「…あれ?痛みがこない?」


いつまでたってもナイフによる痛みがこないので、うっすら目を開けて前を見ると、ナイフを突き立てたようとしていた男はナイフを取り落とし、手を押さえていた。


「この白い殻みてぇなヤツ柔らかそうに見えるのになんて硬えんだ。」


あまりの硬さにナイフを突き立てた手が痛くなったみたいだ。


「おい!お前たち、ボケっと見てねぇで助けろ!」


後ろにいた二人の男達はナイフ男に言われて、慌てて僕の方にきて乳白色の殻を殴りつける。

しかし、その衝撃はすべて乳白色の殻に吸収され、中の僕には振動すら届かない。 


逆に素手で膜というか殻を殴った二人の男達は手を痛めてしまったみたいだ。

二人とも手を押さえて痛みを堪えている。


​殻の内側で、僕が状況を観察していると、ナイフ男はナイフを拾い、女性を捕まえようと後ろに移動する。

僕は咄嗟に、


「止めろ!」


と言って手を伸ばす。

すると、僕の周りにある乳白色の殻から一部分が飛び出してナイフ男に向かってかなりの速さで飛んでいく。


「がはっ!」


ナイフ男は後頭部に乳白色の殻の一部分が当たり、倒れる。


「死んだ?」


僕はナイフ男の倒れ方を見てそう思ってしまったけど、ナイフ男は後頭部を押さえてゴロゴロと転がっているから無事みたいだ。飛ばした乳白色の殻もドロリと溶けて地面に消えていく。


ナイフ男の二人の仲間はその様子を見て戦意を喪失したのか、


「クソッ!こんなヤツ勝てっこねぇ!」


「逃げっぞ!」


そう言って、倒れたナイフ男や女性には目もくれず逃げていく。


ナイフ男も痛みを堪えながら立ち上がり、


「クソ!アイツ等!頼りがいのない仲間だな。こうなりゃ。街中では出すなって先輩には言われたけどなぁ。」


そう言って、ナイフ男はポケットから、リボルバータイプの拳銃を出す。


「超能力者なら、人間じゃねぇ!撃っても良いよなぁ!」


そう言って、乳白色の殻に包まれている僕に向かって拳銃で狙いをつけ、


「死ね。白身野郎!」


パン、パンと乾いた音がする。

またもや僕は撃たれると思って目を瞑っていてけど

しかし、僕には痛みは訪れなかった。


「ウソだろ?」


銃弾は乳白色の殻に当たると勢いをなくし、地面に落ちていた。


「クソ!こうなりゃ、この女を人質にして!」


そう言って、恐怖で動けなくなっている女性に向かって銃突きつけようとする。

僕はその傍若無人さに怒りを覚える。


「お前の欲望のために泣かされる女性の身にもなってみろ。」

​僕はそう言って右手を突き出した。

​すると、乳白色の殻ではなく、黒い波動がいつの間にか僕の右手を包んでいて、僕が右手を突き出すと漆黒の波動が、拳銃ごと男の右手に当たる。


「ぎゃああああ!」


悲鳴が上がる。

黒い衝撃波がナイフ男に触れた瞬間、拳銃と男の右手の一部分はボロボロと黒い粒子となって崩れ落ちていった。

​ナイフ男は右手の指の部分の傷口を塞ごうするけど、粒子状になった傷口はドロリとした血を出し続けている。

「クソ!何しやがった、俺の指が失くなっちまった。血が止まんねぇよ。覚えていろよ!」


ナイフ男はそう言って逃げて行った。

〜〜~~~~~~~~~~


僕はとりあえず終わったかなと思ったけど、僕の周りにある乳白色の殻をどうしようと考えてしまう。


「このまま家に帰られる訳はないし、かといって収めかたも分からないしな。」


僕がそう呟くと、乳白色の殻がドロリとけて僕の身体の中に戻っていく。


数秒後には乳白色の殻は無くなり、元通りになっていた。

​すると、震える女性が僕に話しかける。


「あ、ありがとうございました……あなたは、県の能力対策課のヒーローですか……?」


そう尋ねられたけど、僕は優奈のせいで、まだ母親以外の女性には、恐怖心があるので、顔を向けず、壁を見つめて答える。


「いや……ただの会社員です。」


女性は、僕の答えを聞いて青褪める。


「えっ!じゃあ、ヴィラン、ううん、あの力、ひょっとして魔王…、嫌!」


そう言って、女性は走って逃げて行った。


その様子を見て僕は力なく呟く。


「何だよ。そんなに走られるなら最初から逃げていてくれよ。」


〜~~~~~~~~~~~~~~


​この夜、路地裏で起きた名もなき事件。これが、後に街の裏社会を震え上がらせる。

僕、白木輪斗こと、「魔王ハンプティ・ダンプティ」の、最初の狩りとなった事件だった。

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2026年1月3日 07:00

2年間付き合った彼女が浮気したショックで超能力が身についたけど、政府に管理されるのは嫌なので隠れて犯罪者を摘発していたら、なんか玉子の魔王って呼ばれているのですが? 鍛冶屋 優雨 @sasuke008

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