第8話

 昏い笑みと共に女が姿を現す。髪は紫でカールを巻いたロングヘアー。退廃的な雰囲気を放っており、黒のネグリジェという男を閨に誘うような格好をしていた。


 彼女から放たれる艶は未成熟な果実の中に垣間見える來花のそれとは異なり、完熟しきっている。


 自らの強みを自覚しているようで、熱っぽい吐息と熱に浮かされたような眼差しを青嵐へ向けてきた。


「あら、気付かれちゃったわね」

「そりゃそうだろ。お前みたいなエロい女を俺が見逃すわけがない」

「……可愛らしい女の子を抱きながら口にする台詞ではないわね」


 ふふふ、と。女の声が空気を揺らす度に、彼女の豊満な乳房も揺れる。青嵐は思わず目で追いそうになったが、すぐ下から見つめる視線を察知し、女の顔へと照準を合わせた。


「今、あの女性の胸を見ていたわよね?」

「いや」

「嘘でしょ、見てたわ!」

「そりゃ見るだろ。おっぱい大きい女が嫌いな男は居ねえよ」

「知らないわよ! 大体未成年のパ、パパパ……下着を見て何とも思わないわけ!?」

「思わん」

「正直なのが美徳とは限らないのよ!!!!」


 來花が青嵐を突き飛ばし、回し蹴りを放つ。右足を軸にした蹴りは彼の腕によって易々と受け止められた。青嵐の醒めた視線が一瞬自身の顔から別の場所へと向いたのを來花は見逃さず、朱を刷いたように頬が赤くなった。


「ど、何処を見てるの!?」

「いや、別に。取り敢えずスカートで蹴りはやめた方がいい。拳にしな、拳に」

「今すぐそうしてあげましょうか!?」


 拳を固め、殴りかかろうとする來花。青嵐はどーどーと制止をかける。コントのようなやり取りに正体不明の女が思わず吹き出した。


「ふふふ、何やってるのよ貴方達。殺される前に私を笑わせようとしてくれてるの?」

「んー、どっちかというと逆だと思うぜ」


 目尻に浮かんだ涙を指で拭う女に対し、青嵐はにっこりと微笑みながら言い放つ。間近で見た來花が戦慄するような、感情の籠っていない笑顔だった。


「お前を殺す前に最後の笑いを提供してやったが正しいんじゃないか」

「……へぇ、いいわねそれ」


 次の瞬間、青嵐と女の間で見えない圧が正面衝突する。まだ彼らは精霊の力を使っていないが、その身に宿る霊気を織り交ぜることで物理的な衝撃を伴う圧を発生させているのだ。


 人払いの結界を張るまでもなく、周りから人が消えている。分からずとも、感じるのだ。本能的な危険を察知し、体が自然と彼らの近くにいることを拒んでいた。


 來花は持っている側なので、二人の圧が可視できた。故に互いの実力が人間の枠組みから外れていると理解した。


 青嵐の意思に従い、風の精霊が集う。霊視力がある者であれば恐怖し、屈するほどに莫大な数だ。

 

 しかし、青嵐と対峙する女は笑みを深める。彼女の余裕は崩れない。


「流石ね。現代最強の風の精霊使いだけはあるわ」

「どーも。大人しく敗けを認めるなら楽に始末してやるよ」

「残念ながらそうはいかないの。私も仕事で来てるのよ」


 青嵐の片眉が上がる。答えには期待してなかったが、聞くだけはタダだ。一縷の望みに賭け、訊ねた。


「仕事? 誰の依頼だ?」

「申し訳ないけれどそれは言えないわ。たとえ死人に口なしとはいえ、ね」

「あっそ」


 最初から勝率の低い賭けだったので別に意外性はない。むしろ余計な思考を排斥できた。


 これで心置きなく敵を屠れる。人間が普段内面に包み隠している嗜虐性が顕となり、青嵐の意思によって現実世界に顕現させられる。


「なら死ね」


 振り上げられた腕が、振り上げた時の十倍の速さで振り下ろされた瞬間、空気の刃が奔った。分子結合すらも切り離す超高密度の一撃は音をも切り裂き、光速に達している。


 躱す術のない攻撃を防御をする間もなく受け、女の体に切れ目が入る。彼女は目を見開く。攻撃が完了し、攻撃されたことを漸く認識したような反応だった。


 ずるりと切り口の上を滑るようにして女の上半身が路上に叩きつけられた。


 突然、女が上半身と下半身が分たれて死んだ。その衝撃は一瞬の思考の空白を生む。


 しかし、思考能力が復帰した者からパニックに陥り、悲鳴を上げ始めた。


 周りが慌ただしくなる中、青嵐だけは冷静に状況を把握し、舌打ちした。


「分身か。ったく、どうりでこの俺を前に隙だらけだったわけだ」


 気が付けば女の死体だったものは、女の造形を模った土塊に変わっている。最初から青嵐の前に立っていたのは土人形だった、ということだ。


 お陰ですぐに女の正体を看破できた。


「地の精霊使い。それも俺の探査能力から逃れ、気配を完全に遮断できる高位の術者か……厄介だな」

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