第6話

(帰ろっかな……いや、もう遅いか)


 今更ながら青嵐の心の中に後悔の念が押し寄せてきていた。ただもうどうすること出来ない。一度引き受けた依頼を中断するのはフリーの術者にとってはリスクが高い。


 国家に所属する精霊使いであれば、国からの圧力で封殺出来る。しかし、非所属の精霊使いは人脈が命であり、依頼に匙を投げた後に待ち受けるリスクは正規所属の精霊使いとは比較にならない。


 実力があったとしてもすぐに業界から干され、仕事が来なくなる。紹介した仲介人と共倒れ待ったなしだ。


 最後までやり遂げる覚悟は決まった。それでも問題がないわけではない。


「さて、何処へ出かけましょうか」


 絵面が酷かった。青嵐は成人である。どれだけ若く見えたとしても大学生以下に見えることはない。軽薄な態度で、若いというより幼稚に見えたとしてもだ。むしろそういう方向性に他人の想像が膨らんでいくほど、彼に向けられる世間の目は厳しくなっていくだろう。


(高校生と腕組んで歩くとか……何かの条例に引っかかったりしねえよな?)


 青嵐は不安だった。女子高校生と出歩くことで己の立場が危うくなることが。顔立ちが似ているということもないので、兄や親戚という言い訳も成り立ちそうにない。職務質問でもされたら終わる。最悪、逃げるしかないだろう。


 青嵐は精霊使いとしての自尊心は微塵も持ち合わせていなかったが、人としての常識は多少残っていた。


「私としてはまず腹ごしらえをしたいところだわ……そうだ、ファーストフード店というものに行かないかしら?」


 青嵐の心配とキリキリと痛み始めた胃痛に気付かず、來花は楽しそうに辺りを見回す。初めて外に出た子犬のような素振りだ。到底精霊使いとして超一流の才能を持っているようには見えなかった。


「なぁ、俺がやるのは護衛のはずだ。数日間、お前を護ってるだけでいいんじゃないのか?」


 少なくとも青嵐はそう聞いている。仲介人の女が言い忘れたかと怒りが湧きかけたが、すぐにそれはないと否定した。


 彼女はズボラではあるが、仕事に関しては妥協しない。だからこそ、青嵐も信頼を寄せており、他の安く雇える仲介人ではなく、彼女を選んだ。


 青嵐からの追及に來花は一瞬黙り込む。思考の沈黙の時間が生まれた。無表情になったが、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべて彼女は言い放つ。その表情の変化を見逃さなかったが、青嵐は敢えて指摘しなかった。


「ええ、そうよ。ただ少しは出歩きたいじゃない。貴方は凄腕の精霊使いとして有名だし、私もそういう殿方と一度は出かけてみたいと思っていたの……駄目、かしら?」


 來花が甘えるような声と上目遣いを青嵐に向ける。彼女はまだ高校生のはずだったが、潜在能力の高さが桁外れだった。


 何より現時点でその辺の大人の女性を超越した色香を携えており、青嵐本人ではない、偶然通りがかった通行人が來花に惑わされている。青嵐は毛ほども動じてはいなかったが、それでもこれ以上この時間が長引けば敵を増やすと判断し、力なく首を縦に振った。


「分かった……依頼人はお前だ。依頼期間中だけ聞いてやる」

「ほんと? ありがとうっ!」


 感極まって抱きつこうとしてくる來花から青嵐は自然な動きで距離をとる。柳が風に揺られるが如しだ。


 現代最強と謳われる精霊使いが未成年との不純異性交遊(誤解)で捕まるなど前代未聞。何としてもそれだけは避けたい。


 警察の目を掻い潜りつつ、この依頼を無事に済ませる。それが今、青嵐に課せられた最重要達成目標だ。


「では、行きましょう」


 來花は当たり前のように腕を組む。小ぶりながらも確かにある膨らみが当たる。思春期はとっくに過ぎ去っているので今更その程度のことで動じる青嵐ではなかったが、この状況を客観的に見る人数が増えれば増えるほど自身を窮地に追い込むことになる。


 早く依頼期間が終わってくれと切に願う彼であった。

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