第3話
気が付けば青嵐はホテルのベッドで寝ていた。昨夜の記憶はほぼないが、基本問題はない。風の精霊による肉体の自動制御がある。
青嵐本人の意識は沈んでいたとしても、彼の経験と知識を活用し、判断力と思考力を本人と同等に維持した状態で活動できる。故に彼に記憶はなくても精霊が保存しているので、後から記憶が流れ込んでくる。
その記憶を辿り、問題はないと青嵐は判断した。
「女を何人か引っ掛けただけみたいだな。まーいつものことだな」
女の敵だと自白する発言をしつつ、二度寝しようか彼は逡巡する。枕元にある携帯電話に何件かメールが入っているのを確認し、目を通す。頭はすぐに冴えた。
『依頼は今日の午後1時に。護衛任務。生物だから丁寧に扱うこと。待ち合わせ場所は────』
そこまで見て、青嵐は意識を切り替える。精霊使いにとって最も大事な資質だ。どんな時であれ、最高のコンディションを作れること。
意思の強さこそが精霊使いを精霊使いたらしめる。どれだけ術の才能があろうとも、高潔な精神を持っていようとも、意思が弱い者では精霊使いは務まらない。
青嵐は人格的には及第点にも達していなかったが、意思の強さにおいては誰も並ぶ者は居なかった。
「やべ、もう12時か」
携帯電話のディスプレイに表示された時刻は予定時刻の1時間前。5分前に到着することが必須だとして、今から支度を終わらせ、ホテルから出発し、公共交通機関を利用してもギリギリ間に合わない。
「飛ぶか」
青嵐は嘆息を一つ零し、上体を起こす。顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませる。要した時間は微々たるものだったが、それでも限られた時間の中から更に時間を使った。
部屋を出て、ホテルのロビーでチェックアウトを済ませる。
本来なら人目のつくところで精霊を喚ぶことは禁じられている。
しかし、結界術も嗜んでいる彼は人払いの術を起動することなど造作もない。
数少ない目撃者も追っ払い、風を踏み、大空へと飛翔する。空中では交通渋滞という現象も起き得ないので、移動はスムーズだった。
目的地は高台にある公園。夜には噴水がライトアップされるカップルに人気のデートスポット。今は陽が高い時間帯なので、閑散としていた。
僅か数分という時間で目的地が遠目に見え、青嵐は着地に備える。やることは単純。己は姿勢制御に徹し、他のことは風の精霊に任せればいい。
思うように精霊は従い、精霊の意思を現実に反映する。そうするように契約が結ばれているのだ。
青嵐の意思に応じ、風の精霊は彼の周囲から風を取り除く。その瞬間、青嵐の体は自身を宙吊りにしていた糸が切れたように自由落下を始める。
地面が迫るも彼に焦燥の色はない。眉ひとつ動かさず、涼しい顔のまま地面へと衝突した。
寸前で風の精霊が再び青嵐の五体を護り、加護を受けたことで付加されるはずだった衝撃が天へと逃がされた。小さな段差から飛び降りた程度にまで緩和された衝撃はあったものの、大したことはない。
青嵐は気にした様子なく、目的の人物を探す。
「おー来たね。こっちこっち」
噴水の縁に腰掛ける女性。色白でスタイルも抜群。
素材はいいが、野暮ったい黒縁眼鏡に襟元が伸び切ったトレーナーのせいで顔の出来の良さよりも出不精の面が強調されていた。
気怠げに手を振る彼女の元へ歩み寄り、青嵐は顔を顰めた。
「お前、何日前に風呂に入った?」
「んー、多分三日前とか?」
「……後で入れ。かなり臭うぞ」
彼の嗅覚の正確さを証明するように女の周りに人は居ない。人払いの結界を張っているわけでもないのに、避けるようにしているのは不自然すぎる光景だった。
女はそれでも不満そうだった。
「えー」
「えー、じゃねぇ。女としての品位に欠ける」
「そんなのどうでもいいね。私は私がやりたいことを優先してやるだけだ」
「……生ゴミ女って呼ぶぞ」
「どーぞご自由に」
青嵐の声は届かず、女は肩を竦めるだけ。完全に女を捨てている。
これ以上の説得は無駄だと青嵐は諦めた。
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