エピソード 8
「旦那様、助かる方法があるのですね? どうすればいいのですか、教えてください!」
「ダメだ、君には教えられない」
「どうしてですか! 私が契約上の妻だからですか!?」
「――違うっ!」
私の言葉に、旦那様は想像以上に強い否定を返してきた。私はそれに驚きつつも、そこが段様を救う糸口になるんじゃないかと期待する。
「旦那様、どうして私を妻に選んだのですか?」
「その理由は既に話したはずだ」
「私が花冠の王女だから、ですよね? ですが、私はなぜどのように呼ばれるのか覚えていません。私は貴方といつ、どこで会ったのでしょう?」
「いまさら聞いてどうするのだ?」
「いまさらかどうかは私が決めます」
そう言って詰め寄ると、旦那様は小さく息を吐いた。
「……時期はいまから四年半ほど前。場所はとある屋敷の中庭でおこなわれたパーティーだ」
「四年半程前のパーティーですか? だとすると、家が没落する少し前……あ」
私が13歳だったころ、一度だけお父様にパーティーに連れて行ってもらったことがあった。その会場の中庭、片隅にある花の密集した場所に寝転ぶ青年がいた。
「……あのときの」
「思い出したか?」
「ええ。おぼろながらですが。ごめんなさい、あの後、色々とあって……」
「調べたから知っている。だから、謝罪の必要はない」
旦那様はそう言ったあと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「しかし、そうか。あれだけの大口を叩いて、すっかり忘れてしまったのか」
「大口、ですか?」
「そうだ。当時、俺は自分が呪いで死ぬと知ってやさぐれていた。そんなとき、偶然俺と出くわした君が俺の弱音を聞いてくれたんだ。そして、花冠を俺の頭に乗せて宣言した」
「宣言? ……私、なにを言ったんですか?」
「聞きたいか?」
「き、聞きたく……いえ、聞きたいです!」
怖いけれど、旦那様を救う方法を知るためだと決意する。
「君はこう言った。お兄ちゃんは悪い人をやっつけて、みんなを救ってくれたんでしょ? だったら、今度は私が貴方を救ってあげる――と」
「~~~っ」
当時の私ぃぃぃぃぃと、声にならない悲鳴を上げる。
「そ、その節はとんだ無礼を申しました」
「かまわない。実際、俺は救われたからな」
「で、ですが、そんな大口を叩いて、私は忘れて……」
「言っただろう。君がその後に色々あったことは知っている」
「……恐縮です」
穴があったら埋まりたい。
でも、同時にこうも思う。少なくとも、旦那様が私を選んだのはただの偶然じゃなかった。それどころか、旦那様にとっては大きな意味があった。
だとしたら、私にどうして、『死ぬまで君を愛することはない』なんて言ったの? 実際愛するかどうかじゃない。わざわざ言う必要のなかった言葉だ。
たとえば、私のためでもなければ。
「……旦那様。私をただの他人と突き放すつもりがないのなら、助かる方法を話してください」
私はそう言って旦那様の顔をまっすぐに見つめた。
彼は視線を揺らし、それから苦悩するように顔を歪ませる。彼は何十秒も迷った末に、「君には、最後までなにも言わずに逝くつもりだったんだがな……」と呟いた。
「いまさらではありませんか?」
「だとしてもだ。知っても、苦しむだけだぞ?」
「かまいません。知らなければ、私はきっと一生後悔しますから」
「そうか……君がそこまで言うのなら話そう。――俺が呪いから解放される条件。それは、俺が心から想う相手に、愛していると伝えることだ」
「……え? たったそれだけで、旦那様は助かるのですか?」
心からというハードルがあったとしても、決して不可能ではない。なのになぜと問う私に、旦那様はその現実を突きつけた。
「俺は解放される。その相手に呪いを移すことで、な」
ひゅっと息が零れた。
「では、『死ぬまで君を愛することはない』なんて言ったのは……」
「君を身代わりにするつもりはない、ということだ」
その言葉はすんなりと信じられた。
そして、同時にこうも思った。
旦那様があえて『死ぬまで君を愛することはない』なんて言ったのは、私のことをなんとも思っていないからじゃない。むしろその逆、想っていてくれているからこその言葉だと。
「旦那様、ほかに方法はないのですね?」
「ない。少なくとも、俺が災厄の魔女から聞いた方法はそれだけだ」
聞いた方法というニュアンスに対して疑問を抱く。
だけど、いま重要なのはそれではない。
その方法であれば、旦那様が救われるという事実だ。
「旦那様、死ぬ前に私を愛していると言ってください」
「――なっ、バカか君は! それをしたら、君が死ぬと言っているんだ!」
旦那様が激昂する。
――あぁよかった。
私なら、条件を満たせるんだ。
それを理解した瞬間、胸がじんわりと熱くなった。
「旦那様、本当ならいまごろ、私は死にたくなるような目に遭っているはずでした。実際、死んでいたかもしれません。それを貴方に救われました。母も、おかげで快復に向かっています」
「それがどうした。それらはすべて、君が俺を救ったお礼だ」
旦那様が強い口調で突き放してくる。
でも、私は首を横に振った。
「それだけじゃありませんよね? 温かい食事や寝る場所、ドレスだって最高級のものばかりだし、教育だって望むままに受けさせてくれた。旦那様は私が望む多くを与えてくださいました」
「当然だ。君は幸せになるべきなんだから」
「結婚なんて無理だと思っていたけど、とてもとても素敵な旦那様と出会えました。後は旦那様に、君を愛していると言っていただけたなら、私はそれだけで幸せです」
私がそう言って微笑んだ瞬間、旦那様はくしゃりと顔を歪めた。
「ズルいな、君は。俺にその言葉は言えないとわかっているだろう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます