エピソード 7
ローゼンベルクの屋敷から帰る馬車の中、向かいの席に座るマルグリットに視線を向ける。お茶会の席では人払いをしていなかったから、マルグリットもまた話を聞いていたはずだ。
「マルグリット、貴女は知っていたわね?」
そんなふうに問い掛ければ、彼女は「もちろん、存じています」と悪びれることなく答えた。
「それを私に教えなかったのは、旦那様から口止めされていたから、かしら」
「はい。会話の中で、奥様が呪いについて知らないと気付き、黙っているようにと命じられました。……その、余計な心労は掛けたくない、と」
「……そう。じゃあ、私がローズマリーに会うのを止めなかったのは?」
「止めるようにと、命じられていませんでしたから」
淡々とした言葉。素直に受け取れば、命じられたこと以外にやる気がない侍女――ということになるが、おそらくはそうじゃない。
話さないのが命令でも、彼女自身の考えは別だったのだろう。
「ありがとう、マルグリット」
「いいえ、奥様の心中を思えば、なんと言うことはありません」
「……ありがとう。私、旦那様に直接話を聞いてみるわ」
夕食後、私は意を決して、旦那様に話があると伝えた。
結果、夜が更けた頃に執務室へ来るようにと伝えられた。
そうして日付が変わる少し前、私は執務室を訪ねた。
扉をノックすると、旦那様は執務机に向かってペンを走らせていた。彼は手紙を書いているようで、私をちらりと見ると「すまない、少し待ってくれ」と言う。
それに従って待っていると、旦那様はほどなくして手紙を書き終えた。それを封筒に入れ、公文書の証となる、公爵家の紋章による封蝋を施した。
「待たせたな、イリス。話があると聞いたが?」
「はい。少しお時間をいただけますか」
「むろんだ。では、お茶を入れるとしよう」
彼はそう言ってフェリクスにお茶の用意を命じた。
フェリクスはセレスティア公爵家に仕える執事であり、旦那様の護衛でもある人物だ。私はあまり接する機会がないが、よく旦那様の側で見かけることがある。
彼は旦那様よりも少し年上、精悍な顔立ちの男性だ。
旦那様の斜め後ろに控えているととても絵になると思う。そんな彼が、お茶の準備をしている間に、私と旦那様はローテーブルを挟んでソファに向かい合って座る。
「フェリクス、この手紙を預かっておいてくれ」
旦那様が手渡したのは、さきほどの封筒を含む、数通の手紙の束。フェリクスはそれを丁寧に受け取り、「たしかにお預かりいたします」と頷く。
続けて、旦那様は部屋にある大きな時計をちらりと確認した。
「もう下がっていい。いままで、ご苦労だった」
「……はい、ノア様」
フェリクスは一度深く頭を下げると、その後は静かに部屋を退出していった。
それを見送り、私は旦那様の顔をまっすぐに見つめる。
「いつにも増して真剣な顔だな」
「はい。……呪いのこと、聞きました」
「そうか、パーティーに出ればいずれ、とは思っていたが、思ったより早かったな」
バレることを想定していたようで、旦那様の反応は穏やかだ。
そして私は、そのことにとても嫌な予感を覚える。
「旦那様、その呪いについて詳しく教えてください」
「そうだな……」
旦那様はそう呟いて、紅茶の注がれたカップに砂糖とミルクを足してスプーンでかき回した。私はそれを眺めながら、彼が言葉を続けるのを待った。
「いまさら取り繕う意味はないな。俺が掛けられたのはある一定の期間が過ぎたら死ぬ呪いだ」
「――っ。本当に、間違いないのですか?」
「ああ。……以前、目にしたのではないか?」
旦那様はそう言って、シャツのボタンを三つほど外した。たくましい胸板が露わになり、いつかみた禍々しい紋様が目に入った。それは、明らかに魔法陣の形をしている。
「……それが死の呪い、なのですか?」
「ああ。毎年少しずつ魔法陣が描き込まれている。そしてこの魔法陣が完成したとき、俺の魂は魔女の元へと連れて行かれるそうだ」
「では、その魔法陣が完成するのがタイムリミットなのですね。それは……いつですか」
「俺の二十六の誕生日――つまりは明日を知らせる零時の鐘が鳴った直後だ」
「――そんなっ!?」
あまりにも急だ。
ちらりと時計を確認するが、あと四十分もない。それじゃ呪いを解く研究もなにもない。そんなことがあり得るのか、旦那様が嘘を吐いているんじゃないかと疑いを抱く。
だけど、不意に思い出した。
さきほどのフェリクスとのやり取り。あれは別れを告げるものだ。
「どうしてっ! どうしていままで黙っていたんですか!」
「君をそうやって悲しませたくなかったからだ」
「直前に知ったって悲しいです!」
「……そうか。だとしたらすまなかった」
旦那様が申し訳なさそうに顔を歪ませる。
違う。私は旦那様を責めたいんじゃない。私は、大切な人を失う未来を変えたいんだ。
「――助かる方法は、ないのですか?」
「……アルベルトが調べてくれたが、解呪の方法は見つからなかった」
抑揚のない声で告げられる。私は、その言葉にわずかな引っかかりを覚えた。
「……旦那様、助かる方法もないのですか?」
助かる方法がないのかと尋ねた私に対して、旦那様はあえて解呪の方法と口にした。
普段なら、些細なことだと気にも留めなかっただろう。
だけど、これは旦那様の命が掛かっている。私だってこうして気にしているし、旦那様やアルベルト王太子殿下だって気にしているはずだ。
そうして念を押す私に対して、旦那様は「解呪の方法は見つかっていない」と繰り返した。
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