エピソード 5
という訳で、私はパーティー会場にぽつんと一人、取り残される。
一年前の私なら、きっと怯えて縮こまっていただろう。だけどいまの私は違う。姿勢を正し、ウェイターからシャンパングラスを受け取って、ゆっくりと周囲を見回す。
国中の貴族が集まっているのかってくらい、煌びやかな召し物に包まれた人々が集まっている。でも私は、ここにいるのが貴族のごく一部であることを知っている。
私がいまの立場になるまで、こんな会場に来たことはなかったから。
最高の教育を受けて、最高のドレスを身に着け、最高の食事を口にする。一年前の私に言っても絶対に信じてもらえない恵まれた環境。
だからこうも思う。
たとえ愛されなくても、この立場を望む人はいくらでもいるはずだと。
なのに、旦那様はどうして私を選んだのだろう? そんなことを考えていると、真っ赤な薔薇の刺繍が入ったドレスを身に纏ったツインテールの少女が近付いてきた。
彼女は私のまえで足を止めると、「貴女がイリス様ね」と指を差す。
「ええ、私がイリス・セレスティアですわ。貴女はどちら様でしょう?」
「わたくしはローズマリー。ローゼンベルク侯爵家の三女よ。よろしくねっ」
口調はかなりツンツンしているのだが、意外と丁寧に名乗ってくれる。プラチナブロンドのツインテールをなびかせる彼女は、恐らく十代前半、12歳くらいである。
「それで、ローズマリー様は、私になにかご用ですか?」
「違うわ。貴女は公爵夫人で、わたくしは侯爵家の三女、わたくしのことは呼び捨てになさい」
「え、あ、ごめんなさい。では、ローズマリーと呼ばせていただきますね」
「それでいいのよ」
なにやらたしなめられてしまった。偉そうなのか、そうでないのか、意外といい子なのかもしれないと思いならが、「それで、ローズマリーは私になんのご用ですか?」と聞き直した。
「そうだったわ! 上手く公爵様を落とした貴女の話を聞きに来たのよ!」
「……はい?」
一瞬、どうやって公爵様を誑かしたのかと責められているのかと思った。けど、なんとなくニュアンスが違う。私は首を傾げつつ、「なぜそのようなことを聞くのですか?」と問い返した。
「さっきも言ったけど、わたくしは三女なの」
「……それが?」
「わからない? 侯爵家とはいえ、三女ともなると嫁ぎ先が限られるのよ。だから、変なところに嫁がせられないよう、自分で嫁ぎ先を探す必要があるの」
「な、なるほど?」
言っていることは理解できるのだが、いかんせんローズマリーは12歳くらい。しかも口調が妙にツンツンしているので、なんだかちぐはぐに聞こえる。
「……それで、なぜ私に話を?」
「決まっているでしょう? ノア様には財産目当ての婚姻が山のように舞い込んでいた。そんなあまたの候補の中から貴女が選ばれた。その理由を知りたいの」
真剣な眼差し。
決して揶揄している訳ではなく、自分の将来を心配しての質問なのだろう。だけど、私は彼女のセリフの一つがどうしても気になった。
「……あの、財産目当てだとは限らないのではありませんか?」
「なにを言っているの? ノア様に結婚を申し込むなんて、財産目当てに決まっているじゃない。わたくしはそれが嫌で申し込まなかったけど」
「……決まっている、ですか?」
なぜと首を捻る。
旦那様はたしかに少し無愛想で言葉が足りないことがある。だけどそれを引いてもあまりあるくらいの優しさを持ち合わせているし、外見だってこの国でトップクラスなくらい格好いい。
財産も目当てならともかく、財産目当て、それ以外にないという意見は理解できない。
「……イリス様は、どうやってノア様と出会ったの?」
「私は、その家が没落したところを、ノア様に救っていただいたんです」
「没落? じゃあ、社交界に顔を出すのはこれが初めて?」
「ええ。ですから、お見苦しいところがあったらご容赦を」
旦那様の恥には成るまいと、私はすました態度を続ける。すると次の瞬間、ローズマリーわずかにばつが悪そうな顔をして――深く頭を下げた。
「申し訳ありません。わたくし、誤解していたようですわ」
「誤解、ですか?」
それはどのような? というニュアンスを含ませて聞き返す。それに気付かなかったのか、あるいは気付いた上でなのか、彼女は「これはわたくしへの貸しにしてください」と微笑んだ。
そして私が追及するより早く、「それではまたお会いしましょう」と踵を返していった。
それを呆気にとられながら見送っていると、ほどなくして私の視界に影が差した。横を見上げると、そこに旦那様の姿を見つけ、私はわずかに表情を和らげる。
「旦那様、アルベルト王太子殿下とのお話はもうよろしいのですか?」
「別れはすませた。それより、君は大丈夫だったか? なにか話しかけられていたようだが」
「問題ありません。ローゼンベルク家のご令嬢と少し世間話をしていただけですわ」
「あの末の娘か。彼女も錬金術を学んでいるそうだから、気は合いそうだな」
「まぁ、そうだったのですか?」
錬金術の同士だとは思わなかった。でも、三女は大変だと言っていた。もしかしたら、彼女も以前の私と似たような理由で、錬金術を学び始めたのかもしれない。
そう思うと、彼女と少し仲良くなれるような気がした。
「さて、イリス。そろそろ屋敷に帰ろう」
「あら、まだ来たばかりですわよ?」
「問題ない。目的は果たしたからな」
「……問題しかないと思うのですが」
なにか問題があるのならともかくと、そこまで考えた私は息を呑んだ。直後、アルベルト王太子殿下と、ローズマリー、さきほどの旦那様の言葉が脳裏で蘇る。
そしていくつかの疑問点が線で繋がった。
「イリス?」
「いいえ、なんでもありませんわ、旦那様」
私は少しだけ不器用に笑い、旦那様と共に屋敷へと帰った。
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