エピソード 4
それから更に半年は何事もなく過ごし、私は18歳の誕生日を迎えた。
その日の朝、旦那様が部屋を訪ねてきた。
「誕生日おめでとう、イリス。これは俺からのプレゼントだ」
旦那様から一抱えほどある、リボンで口が閉じられた布袋を手渡される。
「まあ。開けてみてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
彼の許可を得て、袋の口を縛っているリボンをほどく。するりと布の包みが落ちて、その下からクマのぬいぐるみが姿を現した。愛らしいフォルムで、瞳には緑色の宝石がはめられている。だがその顔つきは鋭く、どこか旦那様を彷彿とさせた。
「ありがとうございます、すごく嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべれば、旦那様もまた破顔した。
「気に入ってくれたのならよかった。それを俺と……いや、なんでもない」
「そこで止められたら、気になって夜しか眠れませんわ」
「健康的でいいではないか」
旦那様が笑う。
私はクマのぬいぐるみをギュッと胸に抱き、上目遣いで旦那様を見つめた。
「このぬいぐるみ、旦那様だと思って大切にしますね」
私の不意打ちに、旦那様は少しだけ驚いた顔をして、それからふっと視線を逸らした。
「……っ。それは君にあげたものだ。好きにするといい」
「ええ、好きにします」
私はそう言って、クマちゃんの頬に唇を落とした。
それからの日々、私は旦那様を振り向かせようと頑張った。
礼儀作法を学んだり、錬金術の腕を磨いたり、音楽やダンスの教養も磨いてみたけれど、旦那様は褒めてくれるだけで、惚れてくれる素振りは見せなかった。
だがそんなある日、珍しく旦那様からお願い事をされる。
「パーティーのパートナーとして参加して欲しい、ですか?」
「そうだ。君と結婚したにもかかわらず、一度もパーティーに連れて行っていないことを指摘されてしまってな。王太子殿下に、次のパーティーに連れてくるようにと言われてしまったんだ」
「お、王女殿下ですか?」
想像以上の大物に目を見張る。
だけど……よく考えたら、旦那様は公爵様――つまりは王族である。そう考えると、それほどおかしなことは――ないかもしれないけど、大事には変わりないよ!
どうしようと瞳を揺らしていると、旦那様の大きな手が私の頭に乗せられた。
「不安なら断ってもいい」
「でも、王太子殿下からのご要望なのですよね?」
「だとしても、君を不安にさせる訳にはいかない。それに王太子殿下への言い訳はなんとでもなるからな。無理に受ける必要はない」
「そうですか……」
旦那様が自分を優先してくれていることが嬉しい。だけど同時に、ただの契約結婚のあいてから、旦那様の大切なパートナーに昇格する機会だと思った。
私はきゅっとこぶを握って顔を上げる。
「そのパーティー、参加します。旦那様のパートナーとして」
「……そうか。なら、すぐにドレスを用意させよう」
旦那様がそう言って日の午後、デザイナーが屋敷にやってきた。その女性に色々と好みを聞かれ、その場でドレスのデザインが仕上がっていく。
最終的に、三日後には完成した煌びやかな夜色のドレスが届けられた。
そしてパーティーの当日。
私はその夜色のドレスを身に纏い、旦那様のパートナーとして隣に立っていた。彼の肘に自らの腕を絡ませ、彼と共に煌びやかなパーティー会場へと足を踏み入れる。
最初は眩しいと思った。
魔導具の灯りでキラキラと輝くシャンデリア。礼服を纏った殿方も輝く紋章などを身に着け、ドレスを纏ったご婦人方は様々な宝石を全身に散りばめている。
まるで真昼の空に星を浮かべたようだ。
その眩しさに圧倒されていると、旦那様が「大丈夫か?」と私の顔を覗き込んでくる。サラサラの金髪に彩られた顔には野性味を帯びながらも整ったパーツが並べられている。
十分に旦那様も眩しいですと、私は思わず吐息を零した。
「イリス?」
「いえ、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」
気を取り直して前を向く。
いまの私は公爵夫人だ。没落貴族の娘だったときとは違う。私が萎縮していたら旦那様が笑われる。だから、毅然と振る舞わなくちゃいけない。
でも、大丈夫。
パーティーでどう振る舞えばいいかは礼儀作法の先生からみっちり仕込まれている。
背筋を伸ばし、旦那様の腕をそっと手に取った。
私は旦那様に連れられて、何人かの貴族達と言葉を交わす。そのたびに値踏みされるような視線を向けられるが、旦那様が側にいるからか、とくになにか言われることはなかった。
私も先生に習ったとおりの、毅然とした振る舞いで応じていった。
そして――
「ノア、その子がおまえの奥さんか?」
そう言って現れたのは、一目で高貴な生まれだと分かる男性。
シンプルながらも一目で最高級品だと分かる精巧な刺繍が入った服。サラサラの髪は金糸のように美しく、その髪に縁取られた小顔には恐ろしく整ったパーツが収められている。
青い瞳の彼こそが、この国の王太子なのだと直感的に分かった。
「アルベルト王太子殿下、ご無沙汰しております」
「そなたは呼ばない限り社交界に出てこないからな」
礼儀正しい旦那様に対して、アルベルト王太子殿下はトゲのある言葉を返す。この二人、どういう関係なのだろうとハラハラしていると、二人はどちらからともなく歩み寄り――
「アルベルト、元気そうでなによりだ」
「ノアも思ったより元気そうで安心したぞ」
破顔して肩をたたき合った。
それに驚いていると、アルベルト王太子殿下が私を見る。
「そなたがイリス夫人か。なるほど、ノアが隠したがる訳だ。そなたのように美しい娘が社交界にデビューしていたら、男の視線を独り占めしていただろうからな」
「身に余るお言葉です。ですが、アルベルト王太子殿下。私の欲しい視線は一つだけですわ」
「ははっ! 言うじゃないか。これはたしかに花冠の王女様だ!」
アルベルト王太子殿下がそう言って笑う。けど、花冠の王女様ってなにかしら? 私がそう首を傾げると、旦那様が「アルベルト、彼女は覚えていない」と口にした。
それで理解する。
いま彼らは、私と旦那様が会ったときのことを口にしたのだと。
「アルベルト王太子殿下、恐縮ですが質問をよろしいでしょうか?」
「ダメだ」
「……え?」
「ノアが話していないのなら、俺から君に話すことはない。そなたも、俺から聞き出そうとするのではなく、ノアに聞くべきではないか?」
「ご忠告、痛み入ります」
その通りだと思った。
私は旦那様の顔を見上げ「申し訳ありませんでした」と謝罪する。
「よせ、君が謝ることではない。アルベルトも、俺の奥さんをあまり苛めないでくれ」
「苛めた訳ではないのだがな。……まあいい。イリス夫人、こいつは不器用だがいいやつだ。互いに後悔のないように、最後まで寄り添ってやってくれ」
「――アルベルト」
「おっと、怒らせてしまったか?」
詰め寄る旦那様に対して、アルベルト王太子殿下がおどけて見せた。だが、旦那様は真剣な顔で、「少し話があります」と口にした。
「……仕方ない。イリス夫人、彼を少し借りるぞ」
アルベルト王太子殿下はそう言って、旦那様と共にバルコニーへと消えていった。
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