第7話 父の背中
走る。
ただ、走る。
(エリオ……!)
後ろは振り返らない。
振り返ったら、きっと足が止まってしまう。
「転ばないで!」
「早く! 早く!」
泣きそうな声が、子供たちの中から漏れる。
怖い。
怖くて、足が震える。
(……早くパパを呼んでこないと!)
それでも、エリオの言葉が頭から離れなかった。
『みんなを連れて村へ戻れ!』
エリオが私に頼んだんだ。
私がみんなを村に帰さないと、私が助けを呼ばないと、、、
無我夢中で走り続けてようやく小屋が見えて来た。それが見えた瞬間、胸が少しだけ軽くなった。
(つ、着いた……!)
けれど足は止めない。
止まったら、今度こそ動けなくなりそうだった。
「だ、誰か!」
「助けて!!」
声が裏返る、肺が痛い。
畑仕事をしていた大人たちが、一斉に顔を上げた。
「……ヘレナ?」
「どうした、そんな慌てて!」
私は息も整えられないまま、叫んだ。
「ま、魔獣が……!」
「丘の方に、魔獣が出たの!」
ざわ、と空気が変わる。
「魔獣だと?」
「子供たちは?」
「エ、エリオが……!」
「エリオが、みんなを逃がして……!」
そこまで言って、声が詰まった。
(はやく言わなきゃ……!)
「ひ、一人で……」
「一人で、戦ってるの……!」
一瞬。
本当に一瞬、村が静まり返った。
次の瞬間だった。
「……場所は?」
低い声が、私のすぐそばからした。
振り向くと、そこには父――ダルガが立っていた。
「丘の、北側……!」
「森に近いところ……!」
私の言葉を聞いた瞬間だった。
――誰よりも早く、動いた人がいた。
「……北か」
低く、短い声。
振り向いた時には、もう遅かった。
エリオのお父さん――
村一番の狩人と噂されるその人は、すでに近くの納屋に置いてあった剣を腰に差した。
「ちょ、ちょっと待て!」
ダルガが呼び止める。
「人を集める、単独は――」
「息子が危ない」
それだけ言うと、彼は走り出した。
……速い。
本当に、速かった。
畑を越え、道を踏み、柵を跳び越える。
その動きには無駄が一切なかった。
まるで、最初から「そうする」と決めていたみたいに。
「……お、おい!一人で行ったぞ!?」
「止めなくていいのか?」
誰かが呟いた。
ダルガは、拳を強く握りしめてから言った。
「……あいつなら、大丈夫だ」
それは願いじゃない。
確信だった。
「俺たちは後から追う!」
「武器を持て、急げ!」
鐘が鳴る。
村が、完全に戦時の顔になる。
でも私の視線は、
ただ一人で丘へ向かっていく背中から、離れなかった。
(エリオ……お願い……!)
おじさんが向かった先にいるのは、
一人で魔獣を食い止めている、あの子だ。
どうか――
どうか、間に合って。
その頃。
丘の上では、
風と土と、荒い息だけが残っていた。
視界が、揺れる。
(……まだ、来んのかよ、、、)
腕が重い。
掌に魔力を集めようとしても、流れが途切れる。
「……風留……」
風は、生まれなかった。
突進された時に頭をぶつけたからか?
頭から血が流れているからか?
考えがまとまらない、魔力が練れない。
膝が、地面に落ちる。
(……時間は、稼げたか)
子供たちが走る姿が、脳裏に浮かぶ。
ヘレナの、泣きそうな顔も。
「……大丈夫だ」
誰に言ったのか、自分でも分からない。
ただ、ここで倒れるわけにはいかなかった。
「こっちはまだ異世界満喫してねぇよクソ猪、、、」
最後の力を振り絞る。
ただ立って魔獣を睨み付ける、何も出来ない。それでも諦められなかった。
(……最後だ、集中しろ!)
賭けの一撃、この一撃で倒せるかなんて確定していない、分からない。
(……俺が生き残れる可能性はこれだけだ、、、)
「……ふぅ、、、」
魔獣がこちらを睨み、地面を蹴る。
──来る。
「
そう叫んだ。
叫んだはずだった。
だが、何も起こらなかった。
掌は熱を持たず、空気は揺れず。
魔力は空回りした様に静かだ。
(……ちょっとは期待したんだけどな、、、)
次の瞬間、
視界いっぱいに魔獣の影が迫っていた。
(……あぁクソ、)
体が動かない。
何も残っていない。
(……ちょっとは良い思いさせてくれよ……)
影が、覆いかぶさる。
牙が迫り、土が跳ねる。
(……終わ――)
――ガァンッ!!
鈍く、重い音が響いた。
衝撃が来る――はずだった。
だが、来ない。
代わりに、目の前にあったのは
魔獣の突進を真正面から受け止める、一つの背中だった。
「……っ!?」
土煙の向こう、
筋肉の張った腕が、剣を構えて魔獣の牙を押し返している。
――防いだ?
「……遅くなったな」
低く、落ち着いた声。
いつもの優しさが薄くも聞き覚えがあった。
何度も、何度も――
この世界で一番安心できる声。
「……と、」
喉が、うまく動かない。
「……とう、さ……」
背中越しに、その男は少しだけ首を傾けた。
「無茶をするな、エリオ」
その一言で、すべてが分かった。
(……もう、大丈夫……?)
張り詰めていた何かが、
ぷつりと切れた。
腕から、力が抜ける。
視界が、暗く滲む。
(……よかった…)
最後に見えたのは、
魔獣を前に一歩も引かない父の背中。
まるで「ここから先は通さない」と言わんばかりの姿。
(……俺も、もっと……強く……)
そう思った瞬間、
世界は静かに、闇に沈んだ。
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勇者として転生した俺達、俺1人だけ才能皆無だったので試行回数で巻き返そうと思う。 しゃけマンタ @hoothot
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