第8話 与えられたものとは1
「なるほど。つまりナオ君は、別の世界で一生を終え、神を名乗る者に気に入られて再びの生と、望みの力を授かり、あの森に降り立った、と」
「はい」
「そして、その授かった力を君自身が実感するための機会として、あの狼が現れ、私が負傷した。そう言いたいのだな」
「恐らくは、そうなります。謝って済むことではありませんが、本当に申し訳ありませんでした」
僕は、ミリアさんにすべてを打ち明けた。
それ以外に、彼女を巻き込んでしまったことを説明し、謝罪する方法が思い浮かばなかったからだ。
異世界だの、チュートリアルだのといった、この世界には馴染みのない概念についても、出来る限り噛み砕いて説明した。
信じてもらえるかは分からなかったが、少なくとも理解しようとはしてくれたと思う。
「だとすれば、ナオ君は確かに与えられしものなのだな。まさか自分が遭遇するとは思わなかったが」
「その…… 与えられしもの、というのはどういう存在なんでしょうか」
「言葉通りだ。創造神により、大いなる力を与えられた人や物のことを指す。おとぎ話や神話に語られる存在だが、実在はしている。実物や記録が各地に残っているからな」
創造神。
あの上位存在さんがそれに当たるのだろうか。
チャラそうな態度を思い出すと、少しだけ首を傾げたくなるが、神様的な存在であることは間違っていないと思うけど。
「有名な話では、望む物すべてを黄金に変える力を授かり、大金持ちに成り上がった男の話や、同性愛者だった女王が性別を変える力を授かり、愛した女性と子を成した話などがある。子供でも知っているようなおとぎ話だ」
「へえ……」
「だが、なるほど。これでナオ君に対するいくつかの疑問は解けた」
「疑問、ですか」
「ああ。まず、キミがいきなり森に現れた理由だ。あそこは普通、人が立ち入るような場所ではない。道に迷ったとも考えにくい」
ミリアさんは指を折りながら続ける。
「それから、その年齢にしては礼儀作法が身についていること。見たこともないような上質な服を着ていること。私はてっきり、貴族か上級魔術師の流れをくむ者だと思っていたが…… 文化そのものが違ったというわけか」
「僕は本当に、ただの一般市民です。気がついたら、あそこに立っていて…… 目の前に、あの狼がいて」
思わず、また頭を下げてしまう。
「巻き込んでしまって、本当にすみませんでした」
「いや、それについてはキミが謝ることではない」
「でも、僕が来なければ……」
「それはどうかな」
ミリアさんは、少し考えるように視線を伏せてから言った。
「確かに、君の能力を確かめるために創造神が狼に私を襲わせたのかもしれない。だが、元々私はあそこで狼に襲われる運命で、そこに君を送り込んで助けさせた可能性もある」
一拍置いて、こちらを見る。
「……どちらだと思う?」
「それは……分かりません」
「そうだろう。神ならぬ身の我々には、判別など出来ない」
ミリアさんは穏やかに微笑んだ。
「だが、確かなことが一つある。君が私を救い、癒してくれたという事実だ。私にとって君は間違いなく命の恩人だよ。その恩人に何度も頭を下げられては、困ってしまうよ」
そういってミリアさんは眉尻を下げて困ったような顔で穏やかに笑った。
鋭い目つきの凛とした美人が、こんな風に笑うと、どこか可愛らしく見えてしまう。
「それで、君が授かったのは丈夫な身体と治癒能力。それで間違いないのだな」
「だと思いますが…… 何か気になることでも?」
「丈夫な身体については理解できる。気に入った玩具が簡単に壊れないよう、創造神が与えたサービスだと考えればな」
玩具、という言葉に少しだけ引っかかるが、否定はできない。
「だが、治癒能力については少し気になる」
「気になる、というと?」
「与えられしものの力は、人智を越えた神の奇跡だと言われている。先の例のように、物質を変質させたり、生物の在り方そのものを変えたりする類だ」
「君の治癒能力は確かに素晴らしい。私の怪我は致命傷に近かったし、普通の治癒師では為す術もなかっただろう。だが」
ミリアさんは、そこで言葉を選ぶように少し間を置いた。
「例えば、仮にあの場に百年に一度、千年に一人の天才的な治癒師がいたとしたら。君と同じことが出来なかった、とは言い切れない」
胸が、少しだけざわついた。
「与えられしものの力とは、人の才の延長ではなく、もっと明確に異質なものなんじゃないかと私は思っている。君の力は、まだ人・の・才・能・の・範・囲・から逸脱してはいないのではないか」
それは否定でも肯定でもない。
ただの観察。
「……他にも、少し気になることはあるのだが」
そう言って、ミリアさんは言葉を濁し、視線を逸らした。
頬が、わずかに赤い。
理由を尋ねる前に、彼女は小さく息を吐いた。
「いや、今はいい。話が逸れるな」
そうして改めて、僕の方を見て穏やかに笑う。
「一つだけはっきりしていることがある」
「何ですか」
「理由がどうであれ、君は私を救った。それが事実だ」
その言葉は、静かだが強かった。
「神の思惑がどうであろうと、私は君に命を救われた。それ以上でも以下でもない。だから、これ以上頭を下げられるのは困る」
少し困ったような、でも優しい笑み。
胸の奥に溜まっていたものが、ようやく沈んだ気がした。
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