第7話 外れて欲しい予感は良く当たる
ひとまず、ここに留まっていても良いことはなさそうだ。
ミリアさんの言葉に従い、僕たちは早々にその場を離れることになった。
この森の少し先に、ミリアさんが暮らしている小屋があるらしい。
そこを目指して、森の中を移動している。
道案内を兼ねて前を歩くミリアさんの背中を追いながら、僕はこれまでの出来事を頭の中で整理していた。
突然襲ってきた狼。
なぜか咬まれても平気だった自分。
瀕死の重傷を負っていたミリアさん。
元の世界なら致命傷だったはずの傷も、千切れかけていた腕も、簡単に治せてしまった治癒の力。
ミリアさんは、この森で採取や狩りをしながら暮らしているらしい。
ここに住んで三年ほどになるそうだが、あんなバケモノ狼は初めて見たと言っていた。
この辺りに、あんな化け物が棲みついているなんて話も聞いたことがないらしい。
「あんなのがいるとなると、この森に住み続けるのも考え直す必要があるな」
そう言うミリアさんの背中を見ながら、僕の頭の中には、どうしても嫌な考えが浮かんでしまう。
上位存在さんは、こう言っていた。
「チュートリアルも、ちゃんとしてあげるよ」って。
もしかして、あの狼がこの森に現れたのは。
それどころか、ミリアさんが大怪我を負ったこと自体も。
全部、上位存在さんの言う“チュートリアル”だったんじゃないだろうか。
咬まれても平気だったのは、健康で丈夫な身体の効果確認。
ミリアさんの治療は、治癒の力の使い方の確認。
……そう考えると、妙に納得がいってしまう。
健康で丈夫な身体の「丈夫さ」が、僕の想定を遥かに超えていただけで。
この森に降り立った直後から、身体の強さも、治癒能力も、この世界の人と会話が成立することも、全部確認できてしまっている。
もし、これが本当にチュートリアルだとしたら。
ミリアさんは、それに巻き込まれて、死にかけるほどの怪我を負ったことになる。
それじゃあ僕が怪我をさせたも同然じゃないか。
なんてお詫びをすればいいんだろう。
申し訳なさで胸が重くなりながら、改めて前を歩くミリアさんを見る。
年の頃は二十代前半くらい。
少しつり目がちで切れ長の目は、いかにも“お姉様”といった雰囲気の美人だ。
腰のあたりまで伸びたダークブロンドの髪に、動きやすそうなパンツルック。
胸当てのような防具も着けているが、狼に砕かれ、今はほとんど意味を成していない。
身長は百七十センチくらいだろうか。
細身だが、森で暮らしているだけあって、引き締まった筋肉のついた、スタイルの良い女性だ。
「…… 生まれて初めて、女の人に触ったんだな、僕」
あの時は必死で、そんなことを考える余裕はなかった。
けれど、ミリアさんの治療でおなかに触れたのが、人生初の女性との接触だったのだ。
「知らなかったな…… 女の人って、あんなにすべすべしてるんだ……」
いかんいかん。
バカなことを考えるな、僕。
あれは治療だ。必要な行為だった。
それを変な風に考えるなんて、ミリアさんにも、力をくれた上位存在さんにも失礼なことだぞ。
「でも、あのときのミリアさんの声、ちょっと色っぽかったような……」
駄目だ。完全に駄目だ。
人が苦しんでいる時の声を聞いて、そんなことを考えるなんて、どう考えても変態だ。
「この先だ。もう見えてくるぞ」
「ひゃ、ひゃい!?」
不意に声を掛けられ、返事が裏返ってしまった。
恥ずかしい。
ミリアさんが示す先には、森が途切れ、少し開けた場所が見える。
そこに、小さなログハウスのような建物が建っていた。
あれが、ミリアさんの家なのだろう。
すぐに辿り着き、家の中へ招き入れてもらった。
「狭いボロ小屋で悪いが、まあ掛けてくれ」
「あ、はい。失礼します」
キョロキョロするのは失礼だと思いつつも、つい視線が動いてしまう。
家の中は驚くほど物が少なく、目につく家具は食卓らしきテーブルと椅子が二脚しかない。
奥が厨房なのだろうか。
「すまないが、少し失礼するよ」
そう言って、ミリアさんは木製のコップに入った水を出してくれたあと、隣の部屋へ行ってしまった。
残された僕は、水を一口含み、口と喉を潤してから、改めて考える。
謝らなきゃ。
でも、どう説明すればいいんだ。
神様みたいな存在が、能力の説明のために貴女を怪我させました、ごめんなさい?
いや、意味が分からなすぎる。
そもそも、能力説明ってなんだよとか、死にかけたのにごめんですむかよ、って話だよなぁ。
うーん。
「すまない、待たせてしまったね」
悩んでいると、ミリアさんが戻ってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。
どうやら、破られた服を着替えてきたようだ。
治癒で傷は治せても、服までは直せない。
さっきまでのミリアさんは、上着の下半分がボロボロで、ダメージ加工されたヘソ出しルックみたいになっていた。
引き締まった腹筋と、縦長のおへそ。
脇腹のすべすべした感触の記憶が、僕を悩ませていたのだ。
……正直、助かった。
「改めて礼を言おう、ナオ君。君は私の命の恩人だ」
ミリアさんは、真っ直ぐに僕を見つめて続ける。
「だが、私が気を失っている間に、あの狼はどうなったのか。
それと、君の治癒魔術についても、いくつか聞かせてほしいことがある」
そして、一拍置いて。
「率直に尋ねよう。君は、与えられしもの、なのか?」
……与えられしもの?
知らない単語が、唐突に出てきた。
謝罪の仕方で頭がいっぱいなのに、
新しい要素をぶっ込んでくるのは、やめてほしい。
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