第6話 発動!治癒の力
僕は急いで女の人の元へ駆け寄り、その場に膝をついた。
酷い状態だ。
脇腹の服は裂け、血に濡れた肌と傷口が露わになっている。顔色は青白く、呼吸も浅い。左腕に至っては肘から先が血に染まり、ぶら下がるようになっていた。
「と、とにかく、何とか止血しないと! いや、消毒が先か!?」
頭の中で知識らしきものをかき集めるが、どれも曖昧だ。
僕は医者になりたかっただけの高校生で、実際にこんな状況に対応した経験なんてない。
女の人はさっきは僕に逃げろと言ってくれていたが、今は意識を失っているようだった。
おそるおそる、脇腹の傷に指先で触れる。
「……っ」
小さく、苦しそうな声が漏れた。
深い。
爪で切り裂かれたような傷は、明らかに致命的な出血を起こしているのが分かる。
指先で触れただけで、傷の深さや、体の中の状態が頭の中に流れ込んでくる。血管、内臓、溜まった血。まるで覗き込んでいるみたいに理解できる。
え?
なんで、そんなことが分かるの?
……
…… …… あ。
「治癒の力……!」
そうだ。
僕は、治癒の力を貰ったはずだ。
胸の奥が、すっと熱を帯びる。
わかる。どうすればいいのかが、はっきりと。
「頑張って…… 死なないで…… 頑張れ…… 絶対助けるから、頑張ってください……」
そんな言葉が無意識に口からこぼれ出る。
傷口に触れた指先に精神を集中しゆっくりと力を流し込んでいく。
治癒の力が波紋のように広がっていくのがわかる。裂けた肉が繋がり、血が止まり、内側から修復されていく。
「……あ、ぁ……」
女の人が苦しそうに身をよじった。
やっぱり、痛いのか。触れられる感覚も、体の中をいじられる違和感もあるんだろう。
それでも、止めるわけにはいかない。
どうやら僕の力はかざすだけで癒やしの光が出て回復、とはならず治療対象に直接触れないと駄目なようだ。
触れると診察? 触診? みたいな事も出来るようだから一長一短だな。
腹部の傷を癒しきり、次は体力と失われた血を補う。
全身に力を行き渡らせるイメージで、そっと手を添える。
「――あぁぁっ!」
一際大きな悲鳴が上がり、女の人の身体が大きく震えた。
しまった。
流し込みすぎたかもしれない。
だが、呼吸は明らかに安定し、顔色にも赤みが戻りつつある。
腹部の傷は、ほとんど痕も残っていない。
次は、左腕だ。
その瞬間、女の人の目が開いた。
「貴様…… 何を、している…… はぁはぁ」
荒い息の合間に、鋭い視線が突き刺さる。
「気がついたんですね。動かないでください。腕も、すぐ治しますから」
「何を…… 腕は殆ど食い千切られている。治療など無駄だ。アァ…… ァ…」
確かに、ここまでの傷なら元の世界の医療技術でもキチンと繋げることは難しいだろう。
でも、今の僕なら。
「大丈夫です、治せますから。痛いかも知れないけど出来るだけ動かないでジッとして」
視線を逸らさず、そう告げる。
怖くないと言えば嘘になる。でも、引くわけにはいかなかった。
肘から先に、そっと触れる。
治癒の力が流れ、千切れかけていた肉と骨が、信じられない速度で元に戻っていく。
「痛い、というかぁ…… これはぁ…… き、さまぁぁぁ」
千切れかかっていた腕も治癒の力にかかればそっと撫でるように触れていくだけであっという間に治せてしまった。凄いぞ、ありがとう上位存在さん。
「これでよし、と。どうでしょう、違和感とかないですか」
女の人は呆然とした様子で左手を握り、開き、何度か動かしてみる。
「…… 問題、ない……」
そう呟いたあと、彼女はゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとう、感謝する」
「あ、まだ動かないほうが。傷は治ったはずですけど、無理しないで出来るだけ安静にしてください」
「そうもいかない。ここは危険だ」
女の人は周囲を警戒するように視線を巡らせる。
「ヤツが戻ってくるかも知れないし、血の匂いに引き寄せられて、他の魔獣が来るかもしれない」
「ヤツって…。あ、あの犬」
そう言うと、彼女は一瞬目を丸くして僕の顔を見た後、困ったような顔で穏やかに笑った。
「あんなバケモノ狼を見て犬とはな。肝の据わった男だな、君は」
あ、そっか。ずっとデカい犬、巨大犬って呼んでたけど言われてみれば、普通に狼だな。
どれだけテンパってたんだろう。なんだか急に恥ずかしくなってきたぞ。
「改めて治療をありがとう、私はミリアという。良かったらキミの名を教えて貰えないだろうか?」
「上条七桜です。よろしくお願いします」
そういって頭を下げるとミリアさんが今度は声を出して笑い出した。
何かおかしかっただろうか。
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