入学試験 三


 剣は、セナを形作るものとして、いつも側にいた。


「さぁ!!入場しました!!お待ちかねの時間です」

 セナ・ローウェンの人生を語る上で、どうしても奴隷という言葉は、付きまとうだろう。

「皆さん、この選手を見たかったですよね!!そうです!![はいじん]です!!」

 そして、闘技場でこそ、セナはより一層、奴隷だ。


 灰の髪と剣を持った少女は枷に嵌めないといけない。



 

「次、ガイナ・スウェイン!」

 豪胆で、静謐な男の声が、試験会場にこだまする。

 その声は、その場にいる全員を震わすには十分だった。

「んー、ユリウスさんですか・・・」

「知っているのか?ホワイトデイ」

 今回の試験官を見て、ホワイトデイは苦々しげに笑った。

「剛剣ユリウス。20年前、エルセルクを襲った悪魔を葬り去った実質的な英雄。今は引退してますが、誉ある騎士ですよ」

「そうか、あれは中々にやるな」

 ミラに顔があったら、笑っているのだろう。


「うっ!」

「・・・下がれ」

「は、はい」


 受験生がトボトボと下がっていく。

 試験内容は、至ってシンプルだった。


 30秒間、ユリウスとの試合。

 合理的でわかりやすく、効率がいい、とても効率がいい。

 設置された砂時計は、まだ有り余っている。

「あれでは、受験している子が可哀想です。希望が削がれていますね」

「セナよ、どうだ?」

「・・・え?何が?」

「──何でもない」

 集中しているセナに、これ以上何か言うのは良くないと、ミラは判断した。


「次、セナ・イディアル」

 剣術試験では、ほとんど実践に近い形を作るために、ひとつの魔法が施される。

 [一度の祝福ルタカンパネラ]と呼ばれた防御魔法。

 致命傷、および死を無かった事にする、より簡単にいえば、防いでくれる。

 受験生が魔法使いを連れているのは、これが理由だった、簡単に使われているこの魔法は、その無法さ故に、一流の魔法使いしか使えない。

「セナさん、気を楽に──」

「いらない」

「え?」

 ホワイトデイが魔法をかけようとした途端、セナはそれを拒否した。

「私は──、いらない」

「なるほど・・・。セナ・イディアルよ、いいのだな?」

 ユリウスはこれを、自分への挑戦状だと認識した。

「え、えぇ?け、けど、あ、危ないですよ。セナさん」

「ホワイトデイ様、ここは、彼女の意見を尊重してやってください」

 ホワイトデイは慌てるが、そこにミラの言葉が届いた。

 

「好きにやらせてやれ」

「あ、ぅ・・・。はい」

 大人しく身を引いて、ホワイトデイは去っていく。

 何度も、セナを心配そうにしてチラチラと振り返っている。

「試験内容は、把握しているな」

「してます」

「俺は本気で行く、例えお前が死ぬ事になっても、俺は責任をとらん」

「はい」

 ユリウスは、その心意気を買って、もう一人の試験官へ合図をする。

 それを受け取ってもう一人は、砂時計を掴む。

「では、二人とも・・・。始めっ!」

 合図が入る、30秒という制約の中行われる、命の取り合い。

 互いに、刃の無い直剣を構えて、探る。

「・・・う、動かないですね」

「ああ」

「だ、大丈夫でしょうか」

「知らん」

 焦るホワイトデイとは対照的に、セナの心は落ち着いている。

 ただ、空気感は着実に、張り詰めている。


 10秒、経過──。


「な、なぁ、動かないぜ?」

「あれって、ホワイトデイ様の教え子だろ?なんで剣術試験受けてんだ?」

「しっ!静かにして!」


 周りの人間達も、息を呑んで見つめている。

「ミ、ミラっ!」

「うるさい」

 ホワイトデイは、魔法使いとしては一流なんて領域にはいないが、剣に関しては何も知らない。

「け、剣士同士の戦いって、こうなんですか?」

「さぁな」

「ほ、他の子達はすぐに剣技を放ってましたよね?」

「ああ」

「もう!!」

 焦るホワイトデイ、何も言わないミラ。

 ミラだって、剣術に関してはホワイトデイと同じ知識だ。

 振って当てれば、それで勝ち。

 けれど、そこに至るまでの道のりを、歩む者達も知っている。

 セナは、ただ深く剣を握った。


 ──懐かしい、私は、こうやって剣を握っていた。


「セナよ、なってない」

「お、おじいさんが強すぎる・・・」

 いつも通り、セナはおじいさんの前で尻餅をついていた。

 いつも通り、同じ負け方。

 剣を弾かれて、自分の負け。

「ああ、俺が歩んだ道はそうとう長いからな」

「・・・私だって、負けてないと思う」

 とりあえずの訓練が終わって、二人は適当なところに座り込む。

「ああ、お前には才能がある」

「・・・わかんないけど」

 現に負けて、おじいさんの前で尻餅をついた。

「才能はあるが・・・弱者だ」

「ひどい」

「当然の事だ、筋肉は無いし、頭は硬い、体力も無い」

 そこまでボロクソに言わなくても、とセナは内心思うが、事実なので何も言えない。

「そんな弱者が、どうやって俺みたいな強者に勝つか分かるか?」

「・・・やられる前に、やる?」

「馬鹿め、それこそ強者の発想だ。いいか?弱者が勝つには」



 ──不意打ち、先に動いてはいけない。


 両者は動かない、ただひたすらに引かれ続ける弓のように、力だけを貯めて、放たれない。


 15秒、経過──。


 もう誰も、言葉はない、ただ息を呑んで、この弓が放たれる瞬間を逃すまいと、見つめている。


 30秒という制約の中、ただ待つ事を選択する勇気をユリウスは知っている。

 これがただ過ぎれば、不合格になるというのに。

 それでも、セナ・イディアルは、待つ事を選択した。

 ──ならば、それに応えよう、強者として。


 20秒、経過──。


 この決着は、10秒で着く。

 先に放たれた矢は、ユリウス。

 向かってくる剛剣


 セナはただ、見つめる。



「不意打ち・・・。出来なくない?」

「お前なら、出来るんだよ。成立するんだ」

「どういう事?」

 おじいさんはただ、己の刃を見据えて、震えている。

 レヴァーティアは少し肌寒いし、寒いのだろう。


 「3回だ」



 ユリウスの剛剣が振るわれる、無論セナに。

 208にも及ぶ巨大が、150にも届かない少女へと剣を振るう。

 体格差は歴然、上段、中段、下段、と分けられた人間の箇所、必然的に狙われるのは上段、頭のみ、それより下を狙うには、ただやりづらい。


 当てる気はない。

 これは、試験だから、相手は幼い少女で、自分は経験を積んだ剣士だから。

 これに怯んだ素振りを見せれば、この兜割は寸止めで終わらせる。



「3回?」

「1回目は、避けろ」



 セナは、その剛剣を見つめる。

 ただひたすらに焦がれるように、黄金の瞳で、刃の無い直剣を。

 見つめて、見つめて、見つめて、見つめて──。


 ──怯まない。


 0.9秒の、ユリウスの困惑。

 ──なぜ、俺が見つめられている。

 重力と共に落ちていく剣は、世界の流れに沿っている。

 それなのに、逆らう様に剣が重い、もしかしたら己は何かを履き違えているのでは無いか。


 ふと、その黄金の瞳と、視線が合った。


 1秒、ユリウスは理解した。

 その瞳に、自分の姿、この少女が歩んできた道のり、圧倒的なまでの理不尽。

 長らく忘れていた、殺意という、生物が殺し合う上で必要とする、両者に欠けてはいけないもの。


 ユリウスは、この黄金に・・・己の死を見た。

これは、命の取り合いだ、剣を加速させなくては──。


「──っ、あぁ!!!」

「!」


 26秒、経過──。

 振るわれた兜割を、セナは避けてみせた。

「ふっ──ぁ!!」

「アァ──!!」



「2回目は、防げ。なるべく、最小限に」

「そ、そんな器用なことできないよ」

「では死ね」

「ひど・・・」




 木製の、小気味いい音なんてならない。

 避けられたと分かったなら、それを逃さない程、剛剣は甘く無い、殺意をそのままに切り返し、セナの頭を吹き飛ばさんと、振るった。

 ガッ、となる。

 セナは、この殺意を柄頭で弾いてみせた。

「!?」

 最小限で、効果的な防御方法。

 これで、ユリウスは理解した。



「3回で、敵を殺せ」

「殺す・・・」

「頭、身体、どこでもいい。その時のお前なら、的確な場所へ切り裂けるだろう」



 ──狙うは身体、貰うは勝利。


 「──そこ・・・ッ!!」



「3回で、倒せなかったら?」

「3回で倒せなければお前は負ける」

「なんでよ、まだ勝てるかもしれないじゃん」

 

「無理だな。これ以降は、誰もお前の事を──」

 



「ふんっっ!!」

 剣を一本の柱にし、逆の腕で支える。

 セナの振るった一太刀、胴体、左の薙、大きく切り裂いて出血多量を狙った一振りは、先程よりも大きな音で弾かれる

「ぁ──」

 その衝撃に耐えきれず、剣は宙を舞ってセナから離れていく。

「やば──」

 不意に風が舞って、震える剣先を向けられる──。

 

「勝負ありだ・・・。セナ・イディアル」

 突きつけられた、刃の無い直剣。

 肩で息をする、英雄ユリウス。



 ──誰も、お前を・・・弱者として見なくなる。




 セナ・ローウェンは、闘技場で育った。

 生まれた時から世の俗物として、かなりの価値が彼女にはあった。


「[はいじん]です!!また、[はいじん]が勝ちました!」


 湧き上がる歓声、うずくまる敗者、何度聞いて、見たかなんて、興味がない。

 これで、今日のご飯が貰える、明日も生きていける。


 セナは──、そういう人生を歩んできた。


「お前の剣は、恐怖そのものだ。恐ろしくて叶わん」

「別に普通だよ、勝たないと。私、ご飯貰えないもん」

「だからだ、セナ。お前の剣には生と死の意味を突きつけられる、・・・だから、怖いんだ」



 セナ・ローウェンは、闘技場で生きてきた。

 その戦績も、他より多い。

 そんな彼女は、俗世でこう呼ばれていた。


 [はいじん]


 灰色の髪を持つ剣士、勝利にしか進めない退廃者。

 


「ま、けた・・・」

「はぁ、はぁ・・・。ああ、お前の、負けだ」

 ユリウスの震える手、セナはただ、尻餅をついて、自分は負けたのだと理解した。


 


生涯成績──。

 98戦──、97勝。1敗──。


 セナは、初めて負けたのだった──。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王、転生失敗 ぬる @neruson12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画