入学試験 二


とうとう、来た。

 ──来てしまった。

「では、名を呼ばれた者から試験を始める」

 魔法の実践試験。

 得意な魔法を唱え、一体の的に当てるという単純な試験

「エルザ・シュナイザー」

「はい」


「カナタ・エイハブ」

「はーい」


「コルデー・モルメロイ」

「は、はい」


 続々と呼ばれる名前に、セナは怯えている。

 助けを求める様に、ホワイトデイとミラへと視線を移すが。


「あ、ミラ。セナさんがこちらを、うふふ」

「・・・」

 呑気に笑うホワイトデイと、ただぼーっと他の受験生を見つめるミラ。

 セナは肩を落とした。


「セナ・イディアル」

「──あ、え、はい」

 どこか気の抜けた返事のまま、セナは前に出る。


「イディアルだって、聞いたか?」

「ホワイトデイ様の教え子らしいよ」

「まじか、すげぇ・・・」


 セナには聞こえないが、周りの受験生は噂話をしている。

 イディアルという名前と、ホワイトデイが手塩をかけた、という噂を。

「広がるのが早いですね」

「・・・緊張で固まっているな」

「ここまで、色んな人の目に晒されれば──」

「そうではない、あいつはそんなもの慣れている」

「ん?では、何故・・・」

 理由は単純だった。

 セナは、まだ二回しか魔法を発動した事がない。

「成功体験が少なすぎる」

「二回も出来れば、上出来だと思いますが・・・」

「あいつは頭が硬い、一度や二度ではそう身体には染み付かん」

 ミラは呆れた様に、ガチガチのセナを見つめている。

 恐らく、ここでミスをすれば、ホワイトデイが恵んでくれたチャンスを棒に振ってしまう、迷惑をかけてしまう。

 なんて、考えていると理解している。


「セナ・イディアル。法典は?」

「あ、え──。い、いらないです」

「ほう、そうか」

 試験官は面白そうに、セナの瞳を見つめて、ならばやってみよと、告げる。

「・・・っ!」

 集中して、身体に流れる魔力を感じ取る。

 それをどう扱うか、何に変換するか、どうしたいのか。

「おぉ、すげぇ魔力だ」

 1人の受験生が声を上げる、徐々に高まる期待感。

「ふぅ・・・[原初の火フィンバル]ッ!」

 それは、対象を打ち抜く小さいながらも、歴とした火炎。

 この先の成長を感じさせる、セナが自分なりに理解して、生み出した、思い出の炎。


 は、不発に終わった。


「・・・」

 セナ、頭の中で真っ白になる。

「あちゃ」

「惜しかったな」

 ホワイトデイは微笑んで、セナの失敗を受け入れて、ミラは演算が不十分だったと理解する。

「え、発動した?」

「してない・・・、魔法陣も出てないよね」

「なんか、名前負けじゃない?」

 そして、容赦なく襲う悪意達。

 けれど、セナは、違う方向の力で、折れそうだった。


 期待に、答えれなかった。

「セナ・イディアル。もう一度」

「ぇ」

「聞こえなかったか、もう一度」

 試験官の言葉に、セナはハッとする。

 この人は、見限ったとかそういうのではない。

「どうした、終わるのか」

 興味だ、セナという少女が、どこまでいけるのか。

 試験管は、目の前の少女を一人の魔法使いとして見ている。

「や、やりますっ」

「では、早くしろ」

 ならば、自身も見せるだけだ。

 ──魔法を学ぶ者として、プライドを。

「お」

「ふむ」


 あの時、炎が現れなかったのは、無駄な事が頭に入ってきたからだ。

 思い出す、ミラが初めて見せてくれた、あの炎を。

 ──自分にとっての炎を。


「[原初の火フィンバル]ッ!!」

 それは、小さい炎。

 とても小さくて、いつ消えるのかだってわからない。

 けれど、セナが初めて理解した、炎への理解。

「あ──っ」

 しかし、その小さな火は、的に届く事はなく、力尽きて消えた。

「・・・ふむ」

 ──ダメだった、届かなかった。

「セナ・イディアル。良い魔法だった、その火を成長させるのは、今後の貴様次第だ、では。下がりたまえ」

「ぇ?」

 突然言われたその言葉に、セナは怯んだ。

 乏しめではない、こちらを賞賛する、静かな言葉だった。

「聞こえんのか」

「あ、はい。ごめんなさい」

 この結果が、良かったのか悪かったのか、セナには分からない。

「なんか、あんまりだったな」

「んね、あ、次私だ」

「がんばれー」

 悪意は、残ったままだったが。


「セナさん、よく頑張りました」

「うん・・・。でも、的にすら届かなかった」

「[原初の火フィンバル]、ふふ。素敵ですね。今後、その火がどんな魔法になるのか、楽しみですね」

「その感覚を忘れるな」

「う、うん?」

 セナにとっては、踏み出せたかも分からない一歩だった。

 けれど、子供達には分からない事を、セナはやってのけていた。


 少し休憩時間が出来た。

 次は、剣術の試験、順番が来るまで少しだけ時間があったので、2人は昼食を取っていた。

 残念ながら、ミラは食べれない。

「どうぞ、お熱いのでゆっくり食べてくださいね」

「ふむ、これはなんだ?」

 食べれないけど、魔王はそう問いかける、せめて、どんな味なのかを想像したいのだろう。

「パスタです、トマトをすり潰したソースはとても美味しいですよ」

「そうなのか」

「・・・」

 セナは、どこかボーッとしていた。

 いつもなら、食事を見ると目を輝かせるはずなのに、今は涎を垂らしてはいるが、心ここにあらず。

「セナさん、大丈夫でしょうか」

「嗅覚は働いている、心配はいらんだろう」

 ミラがそういうなら、とホワイトデイは自分のパスタを食べ始める。

「んー、やはり学食のパスタは絶品ですね」

「・・・その、ホワイトデイさん」

「ふぁい?」

 パスタを口に含みながら、セナの呼びかけに返事をするホワイトデイ。

「教えてくれたのに、上手く魔法を発動出来なくて・・・。ごめんなさい」

「当然です、セナさんは他の子達よりも、茨の道を通っていますので」

「え?」

 生まれも、生き方も、理由も、今までセナは何ひとつとして、理解できなかった。

 けれど、それ故に、自分の答えを見つけるのに慎重だった。

「人の人生よりも、セナさんは自分の人生を見つめようとした。法典よりも、自分の過去を振り返った」

 これは、12歳の子供には、速すぎる決断であり、覚悟だった。

「言いましたよね、あなたはもう。受験生のレベルにはいません、誇りましょう」

 パスタをフォークでくるくると巻き付けながら、ホワイトデイは、セナの成長を喜んだ。

「魔法使いの世界へ、ようこそ。セナさん」

「──っ、は、はぃ」

「ほら、ミラからも言うことありますよね」

「あの発動肯定は、雑すぎる。的に当てる思いで発動しろ」

「こら、もっと他にありますよね!?」

 セナは笑う、分かっている。

 ミラは、こういう存在だと。

「気を落とすな、次は、貴様の領分だろ」

「あ、そうだ・・・」


 剣術の試験、セナ・ローウェンの名の意味を、問われる瞬間だ。

 

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