入学試験 一


「セナさん、緊張しなくていいんですよ。もうすぐ着きますから」

「・・・はい」

 聞き慣れた、馬が車体を引く音は、自分を絞首台へと連れていく車輪にしか思えない。

「見えてきましたよ。セナさん」

「あれが・・・」

 ミラとホワイトデイは、呑気に煌々と見えてくる建物を見て、セナに目的地到着を知らせる。

 セナにとって、それは、終わりでもあり、始まりでもあった。


 それは、二日前のことだった。

「セナさん、学園には興味がありますか?」

「え?」

「学園?」

 食卓を囲みながら、いつも通り、ミラは法典を読み漁り、セナは出されたシチューを味わっている。

 そんな時、ホワイトデイはこう言った。

「12歳なんですから、やっぱり学園に通いたいですよね」

「え、え?」

「良いではないか、お前、友達が欲しいと言っていたな」

「ではもう確定ですよねっ!」

 ホワイトデイの雪原の様な瞳が輝く。

 セナの話も聞かず、あれよこれよと書類を持ってきている。

「こちら、書類です。セナさん」

「あ、待って、あの。心の準備が」

 無理矢理渡された書類の中に、セナの目を引く文字列があった。

「アルディン魔法技術学園・・・」

「そうです、実はですね。私はここに勤める教師でして」

 そうだったのか、とミラとセナは驚く、そんな2人を他所に、ホワイトデイは更に話を進めた。

「監視という名目がある以上、どうしてもこうせざるを得ないんです」

「なんだ、ここを離れるのか」

「流石に、休みを貰いすぎたので・・・。本来、ここまで無茶は出来なかったんです」

 そもそも、セナと出会ったのが偶然だった。

 三日ほど休みを貰って、下町でのんびり休みを謳歌するのが、ホワイトデイの予定であった。

「私達の事、捕まえにきてたわけじゃないんだ」

「ええ、そうですよ。そもそも[曇りなき真実を写す鏡]だって、まだ不完全でしたから」

 紅茶を一口啜って、先程が嘘みたいに落ち着くホワイトデイ。

 悪魔を連れる少女がいたから、急遽、予定をそちらにシフトチェンジしていたのだ。

「それで、どうでしょう?」

「・・・」

「我を見るな、貴様の事だろう」

 思わず唸ってしまう、犬というより、猫の様に。

「い、行きたくないっていう訳じゃないけど・・・。私には縁遠い話だったから・・・。その、怖くて」

「そう、ですよね・・・。すみません、急でした」

 事を急いだを反省して、見るからに落ち込むホワイトデイ。

「あ、ち、違うの。か、通えるなら通いたいよ、でも私は人と上手く喋れないだろうし」

 セナは物心ついた時から今まで、12歳とは思えない人生を過ごしてきた。

 だから、自分と同年代の人間と仲良く出来るか、心配だった。

「怖いっていうのは、そういう事・・・」

「セナさん、あなたはもう。変わる分岐点にいます」

「え?」

 ホワイトデイはセナとミラを監視する身ではあるが、子供を導く教師なのだ。

「今のまま、私の元で働くのもひとつの道です。けれど、それではセナさんの触れる世界が、少ないままです」

「触れる・・・世界」

「学園は、一種の国と言っていいでしょう。エルセルクの中心であるアルディン学園は、それはもう沢山の生徒がいます」

 10人いれば、10人の価値観がある。

 それに触れないでいるのは、勿体無いとホワイトデイは問ている。

「セナさんが魔法を学びたいと決めた以上、この機を逃すのは、勿体無いです」

「ホワイトデイさん・・・」

「生徒でも、人だ。そこには必ず、良いこともあるだろうが、悪いこともあるだろう。だからこそ、面白い」

 意外にも、ミラはセナの後押しをした。

 魔法使いという道を選んだのなら、その善にも悪にも触れるべきだと。

「ここで過ごす3年は、きっと。セナさんを変える、良い分岐点になると私は思っていますよ」


 そして、今──。


「ど、どうしよ。私、入学試験があるなんて聞いてないよ」

「言ってませんでしたから」

「な、なんで」

 それならば昨日、一夜漬けでも何でもしたのに。

 なんて思いながら、涙目でホワイトデイを見つめる。

「筆記については、私から事情を説明して不問にしました」

「えっ」

「何と伝えたのだ?」

「え?それはもちろん、私が直々に指導した子なので、魔術理論、魔力演算、魔法術式については完璧と」

「そんなわけないのに──っ!?」

 けれど、逆に言えば、ホワイトデイがそう言えば、不問になるのだ。

「ズルじゃん・・・」

「魔法使いとはそういうものだ。魔力の法典なんてカンニングをしているのだから、言い分だろう」

 それでも、セナの心の中には引っ掛かりが生まれてしまう。

「ズルではありません、セナさん。あなたはもう、そのレベルを超えましたからね」

「い、いやあれは・・・。自分でもよくわかってなくて」

「だからこそ、魔法なんだ。よくわからない事をやってのけるのがな」

 この、3人の会話の真意を知れるのは、まだ先の話。



「次の方」

 3人は今、試験会場受付に来ていた。

 ホワイトデイは手続きを済ませるため、セナから離れて案内の人の元へ。

「・・・みんな、魔法使いの人と一緒にいる」

「親か?それか、家庭教師の魔法使いかもな」

 身なりの良い魔法使いと、身なりの良い子供達。

 ここで、セナは冷や汗をかき始める。

「ね、ねぇ。ここの人達、全員さ・・・」

「貴族だな」

 ようやく、セナは気づいたのだ。

 アルディン魔法技術学園は、貴族の学園であると。


「お待たせしました、あら?セナさん?」

 どこか遠い目をしながら、放心状態のセナを見て、ホワイトデイは困惑した。

「気にするな、緊張がピークに来たのだろう」

「そうでしたか。セナさん、起きてください」

「・・・はっ、あ、ホワイトデイさん」

 ゆさゆさと揺られながら、ようやくセナの意識は覚醒した。

「大丈夫ですか?」

「ホ、ホワイトデイさん、こ、ここ。貴族の学園じゃ」

「はい、アルディン技術学園はエルセルク最大の貴族学園ですよ」

 戦慄する。

 こんなところに、自分は来ていいのか──。

 

「ホワイトデイ様、こんにちは」

「あ、ロックス様。こんにちは、今日はお日柄も良く、試験日和ですね」

「はは、そうですな。ほら、アーバン」

「こ、こんにちは。ホワイトデイ様」

「はい、こんにちは。アーバン様は、剣術科に?」

 その言葉に、セナは反応した。

「そうです、──む?」

 ロックスと呼ばれた男は、セナを一瞥する。

 興味深そうに、てっぺんからつま先まで。

「こちらは?」

「セナ・イディアル。私の弟子です」

「イ、イディアル・・・?」

 初めて聞く自分の名前に、セナは驚く。

 どうやら、セナに与えられた貴族の名前は、イディアルと言うらしい。

「ほほう、イディアル・・・。大層なお名前をつけましたな?」

「でしょう?」

 

「イディアル・・・か」

「ミラ?」

「いや、何でも無い」


 どこか感慨深そうなミラを尻目に、ホワイトデイとロックスは会話を続ける。

「いやはや、面白い。剣の才能を持つ子に、魔法の極地の名前をつけるとは、やりますな」

「そうでしょう?」

 ロックスは一目見て、セナの才能に気づいていた。

 そして、イディアルという名前を聞き、豪快に笑った。

「はっはっはっ!!そうですか、良いですね。今回の試験は何を?」

「魔法科と剣術科のふたつを受験させます」

「そうですか、アーバン」

「はい、お父様」

「セナさん試験を見る機会があれば、ちゃんと目に焼き付けるんだよ」

「は、はい──?」

「では、サザン。後は」

 後ろに控えていた魔法使いにそう言い渡し、ロックスは去っていく。

「では、ホワイトデイ様。失礼します、アーバン様、行きましょう」

「はい、では。失礼します」

 それに釣られて、アーバンとサザンと呼ばれた2人も去っていく。

「随分、尊敬を集めているみたいだな」

「これでも一応、魔法使いの長なので」

「お前が?冗談だろう」

「笑いすぎです」

 2人の喧嘩を他所に、セナは一個の疑問を浮かべていた。

「アルディン学園って、魔法の学校じゃないの?」

「魔法と剣術、どちらにも精通した唯一の学園ですよ」

 驚いた、セナは、口を大きく開けて。

「そうなんだ・・・。私、剣も学べるんだ」

「アルスが剣の才能がある、と言いましたからね。試験に合格すれば、そちらも受講できますよ」

「わ、私──!頑張りますっ!」

 先程まで意気消失していたセナだったが、今では心の底から・・・いや、魂の底から、やる気に満ち溢れていた。


「セナ・イディアルさん」

「は、はいっ」

 セナは自分の名前を呼ばれて、緊張しながら、試験官の元へ歩いていく。

「緊張してますね」

「だな」

 計三つあるうちの、最初の試験は、魔力測定。

 火のついていないランタンに魔力を流し込んで、そこから総魔力を測る試験だ。

「どう見ます?」

「知らん」

「冷たいですね・・・」

「我にとっては、お前の方が冷酷だ」

 ホワイトデイは、その言葉に驚いている。

 まさか、ミラにそう言われるとは思っていなかったから。

「お前は、セナに道を諭している様に見えて、そうではない。一本の道しか照らそうとしていないな」

「・・・バレましたか」

「なぜだ?」

 怒りでも嘲笑でもなく、ミラは問いかける、なぜそうしたのか。

「あの日・・・。私は、あなたとセナさんを切り裂こうとしました」

「あったな」

 ホワイトデイには、その日の事が今にも夢に出てきていた。

 ──残酷な事を、しようとしていた。

「セナさんにとって、ミラは大切な存在なのだと思います」

 ミラは何も言わない、言えない、分からない。

「そんなあなたを、私は封印しようとした」

「出来るはずもないのにな」

「私は人類の味方ですから」

 冷徹に見えるだろう、消えない繋がりを持てたと思える存在と、決別させようとした。

 あの時のセナの怯えた瞳が、ホワイトデイは覚えている、きっと、永劫忘れない。

「・・・繋がりを、与えたかった。いずれ、あなたは消えて、彼女は世界に残るから」

「そうか。なら、我から言うことはない、強いて言えば、我は消えるつもりはないがな」

「そうですね」

 この数日、セナとミラの両者を見て、アルスの残した物が、確かに存在すると、ホワイトデイは感じた。

 故に、それが壊れる瞬間も、理解した。

「・・・酷い人です、私は」

「──あいつの願いを知っているか」

「え?」

 それは、流星に願いたいと思った、セナの願い。

「願いというのは、即ち夢だ。大金持ちになりたい、名声を得たい、絶大な力を得たい。それが、人間の望む夢だ」

「セナさんは、何を願ったのですか?」

「暖かいご飯を喰らう、暖かい寝床、好きな事をやって、自由にいきて、友達を作るんだそうだ。くだらん」

 けれど、と続ける。

「そのくだらん物をお前が与えた」

「──っ!」

「だから、あいつは魔法の才能がない。学園は人が作る弱肉強食の世界だ、様々な悪意に晒される、お前は最低なやつだ」

「そうですね・・・。ふふ、はい」

「・・・友人も、お前が与えたのだ」



「わ、中々の魔力ですね。ふむ、なるほど。ありがとうございます、では、次の試験に進んでください」

「は、はいっ」


 セナは振り返る。


 ひとつの魂と、純白の蝶に、流星の様な笑顔で。


「友人を作る事は、くだらないですか?」

「いいや、魔法使いにとって友人というのは大切だ」

「意外ですね、あなたがそんな事言うなんて」

 そんなセナに、ホワイトデイは控えめに手を振った。

「魔法は、自分の価値観に触れ、理解し、思いを紡ぐ願いの言葉だ。セナは・・・夢を語れない」

「──なら、この一歩は無駄になりませんね」

「ああ、そうだな。珍しく、意見があった」

 

 

 


 

 

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