魔法
エルセルクに滞在して、4回の朝を見た。
「セナさん、朝ごはんが出来ましたよ」
下の階から聞こえてくるホワイトデイの声で、セナの意識は覚醒する。
「おはよう」
「ああ」
言葉数は少ないものの、魔王はちゃんとセナに挨拶を返す、ふよふよと、魂のままセナの周りを漂う。
あれだけの事があって、結局セナは、ホワイトデイの元で暮らす事になった。
「セナさ〜ん?」
「はぁーい」
まるで母の様な、ホワイトデイの言葉に返事を返して、セナは乱れていたベットメイクを終わらせて、下の階へと向かっていった。
「おはようございます、セナさん・・・。ミラ」
「なんだ、セナの付けた名だぞ。ホワイトデイよ」
「あ、あはは・・・。おはようホワイトデイさん」
ミラ。あの後、私が魔王に付けた名前。
[曇りなき真実を写す鏡]から取った、ありきたりな名前だった。
「今日も美味しそう・・・」
「足りなかったら言ってくださいね」
足りる、もう十分足りる。
ウィンナーとトウモロコシのスープ、焼き目のついたパン、牛乳。
これ程までに完璧な朝食があっただろうか。
──お2人は、私の監視下に置く事にしました。
この一言が、セナ達の関係を決める決定打になり、こうしてホワイトデイさん宅で、朝食と労働をしている。
「随分と可愛がるなホワイトデイ」
「当然です、セナさんは無垢で可愛い子供なので。可愛がらない理由がありますか?」
「そんな事よりホワイトデイ、現在の魔力の法典を読ませろ」
「あなたから言っといて・・・。待っててください」
ホワイトデイの問いを無視して、唯我独尊の如く本を持ってこいと言う魔王、いや。ミラ。
「ミラ、あまりホワイトデイさんを困らせないでよ」
「飯にありついているお前の方が迷惑だろう」
「うぐっ」
図星であった。
いくら労働をして、ホワイトデイさんの役に立っているとはいえ、いつまでもお世話になり続けるのは気が引いた
「迷惑なんて、思ってませんよ。はい、ミラ。これが最新版です」
「ご苦労」
「偉そうに・・・ッ」
なんだかんだ言って、この2人は仲が良いというのがセナの評価だった。
まぁ、今日まで争いは絶えなかったが、内容はどれも小さな事だったので、よしとしている。
「・・・ふむ、やはりダメだな。年が経つにつれて薄っぺらくなっていくな」
「まぁ、誰も、自分の魔法を見つけるという行為をしなくなりましたから」
「ありえんな。所詮、魔力の法典に書かれた魔法は誰かが、見つけて名前をつけ、導き出した解答しか載っておらん。真似事をして、その先に行けるか」
「お説教は私にしないで、魔法協会にどうぞ」
セナにはついていけない、魔法使いトークが展開されている。
無力なセナは、ただ焼き目のついたパンを貪る事しかできなかった。
けれど、魔法に興味が無い訳ではなかった。
「ねぇ、私も魔法が使えるの?」
「もちろん!」
「無理だな」
どちらですか。
「はぁ!?あなた、未来ある子供になんて事を言うんですか!!」
「知らん、才能は無いからはっきり言っている」
「魔法に才能は必要ありませんっ!!努力で身につくものですっ」
「はっ」
「鼻で笑いましたね!?」
本当に仲が良い。
あんな事があったのに、今では痴話喧嘩までしている2人を眺めて、セナは微笑んだ。
そもそも、魔王に名前を与えるべきだと言ったのはホワイトデイだった。
「魔王ではなく、名前を付けた方が楽ではありませんか?」
「名か、魔王という称号も格好が良いから気に入っているが」
「魔王って、名前あるの?」
「昔、名を借りた事があったが──。ふむ、では我は今日から・・・」
「無いなら、私が付けて良い?」
こうして、魔王はミラという名前を与えられた。
「セナよ」
「ん?な、なに?」
「お前は魔法を扱える様になりたいか?」
そう問われて、セナは迷った、扱える様になれたら、それはそれで良い事だ。
けれど、動機があまりにもな理由だ。
便利そうだから、なんて言えば、2人は怒るだろう。
「うぅん・・・。でも、私には」
「魔力の法典は、馬鹿でも魔法を覚えられる」
「言い方・・・」
魔王はふわふわと、本を魔法で浮かせて、セナの目前へと持っていく。
表紙はとても味があって、なめし革の表紙の感覚が、記憶に残る。
「で、でも。魔力とか無いし」
「ある、魔力は誰にでもある」
「それは、二日前にわかっている事ですよ」
「──ぁ」
二日前、確か、ミラに試したい事があると言われて、ホワイトデイさん達に連れられて、鏡があった地下室へと行った時だ。
「ほら、どうだ。我は貴様の[
目の前にいたのは、もう1人のセナ。
髪の色や、服装など色々と異なる点はあるものの、完璧に本人に近い。
「別に、なんとも。いつでもあなたを封印できる様になったので、いいですし」
「強がりおって」
「ミラ、どこかおかしいとことかないの?」
セナの疑問を聞いて、ホワイトデイとミラが無言でこちらを見つめる。
「え?」
「なるほど、おっと」
途端、魔法が解けて魔王は魂だけの存在になった。
「セナさん、おかしい所があるとすれば、貴女ですよ?」
「え?な、なんで?」
「[
「うん、それは・・・なんとなくわかるけど」
「魔力を渡しているのは、貴女ですよ。セナさん」
こうして、セナは自分には魔力があると、初めて知った。
「魔力は、ちゃんとありますよ。セナさん」
「貴様はどうせ、くだらん理由でも抱えてるだろう」
「うぐっ」
当てられて、セナはたじろぐ。
「え、そうなんですか?」
「・・・はい、その動機が、不純で」
「言ってみてください」
ホワイトデイは、優しく諭す教師かのように問いかける。
「学びたいとは、思ってて。その、便利だから、学びたい、ってだけで」
志も何もない、魔法と真剣に向き合えない人間が、学んで良いのだろうか。
「魔法とはそういうものですよ」
「くだらん、今の我の現状が見えないか」
本をふよふよと浮かせて、浮遊魔法を見せつけられる。
「便利だから学ぶ、それで構いません。人の数ほど、学ぶ理由は生まれるものです」
その言葉を聞いて、セナは顔を上げる。
少し、期待を込めて、後押しをしてくれている2人に感謝の念も込めて。
「学び、たい。です」
「ええ、ええ!もちろん、いいですよ!ね?ミラ」
「我は知らん、こいつには才能がない」
「あ、あなたねぇ!?」
やっぱり、2人は仲が良い。
朝食を食べ終えて、早速、魔法学習が開始した。
「まず、魔力について説明しましょう」
「お、お願いします」
どこかイキイキとしたホワイトデイさんの元行われる勉強。
ミラに関しては、我関せずのスタイルを貫く・・・と思えば、セナの隣で漂っている。
「魔力について、分からない事ありますか?」
「・・・えと、何もかも」
「こいつは元奴隷だ。義務的な教育はあてにするな」
「そ、そうでしたか。それは、失礼・・・」
コホンとひとつ咳払いして、ホワイトデイはそれならと言葉を吐き出す。
「魔力。それは、人間の身体に流れる力。その発生源は」
ホワイトデイは、ミラをチラ見する、そしてセナに解答を与える。
「魂です」
「えっ」
「なんだ、何故我を見る」
現在進行形で、隣の魂が魔力の塊です。
なんて、信じられるだろうか?
「ミラは、魔力の塊なの?」
「最後までホワイトデイの話を聞け」
「あ、はいっ」
ホワイトデイに向き直って、セナは大人しく耳を傾ける。
「厳密に言うと、魂の強さで魔力は増えます。これは300年前に証明された事実です。私的にも、しっくり来るのでこれが正しいと思っています」
「我も、その意見には賛成だ」
じゃあ、そうなんだ。
この2人が言うのだから、正解なんだろう。
「では、ここからが簡単です」
「簡単・・・」
スッと、ホワイトデイは本を一冊取り出して、セナの目前へと広げた。
「魔力の法典、千差万別の魔法達が描かれた魔法の教科書みたいなものです」
「こ、これ全部?」
簡単にパラパラとまくって見せられて、セナは目がぐるぐると回りそうになった。
魔法術式、発動工程、魔力の演算処理、抽象的で具体的な魔法の完成形など。
「これらは全て、色んな人間が作り出した魔法なんですよ。ほら、これ」
指を刺されたのは魔法陣、[
セナにとっても、見覚えのある魔法。
「これ、私が考えたんですよ」
「そ、そうなんだ・・・。でも、氷の槍って、色んな人が考えるんじゃ」
「そうですよ、けれど、残るのはより優秀な解答を持った人の魔法。魔法にも、生存競争があるんですよ」
笑って、楽しそうにホワイトデイは言うが、セナにとってはとても残酷な話だった。
「では、早速始めましょう!」
魔力の説明が終われば、次は実習だった。
ホワイトデイさんはというと、子供の様に、はしゃいでいる。
「えーっと、ミラ。私でも使えるの、ある?」
「・・・」
「ミラ?」
魔力の法典をめくりながら、ミラにそう問いかけても、何も言わない。
セナが何度も問いかけても、ミラは反応せず。
「ミラはさ・・・私が、魔法を使うのは嫌?」
「そうではない、ただ、お前に魔法は向いていない」
先程からずっと言っている、魔法の才能はない。という発言が、セナにはずっと分からない。
ホワイトデイは、才能なんて要らないと言っていて、ミラは法典があれば、誰でも出来ると言っている。
「何が気に入らないの?」
「わかった、はっきり言おう。我に聞くな、自分で考えろ」
どこか突き放す様な物言いに、セナは少し狼狽えてしまうも、ミラはこういう性格なのは知っている。
きっと、その言葉には意味があるのだ。
「・・・あの、ホワイトデイさん」
「はい?」
「その、法典って絶対に使わないと、ダメ?」
貸してもらっておいて、こんなことを言うのは凄く失礼なのはわかっている。
けれど、セナは一度でもいいから、自分の力で前に進みたかった。
「私、色んな人から沢山の事を教わって、貰ってばっかで、だから・・・。この一歩だけは、自分の力で踏み出したいな、って」
拙い言葉を吐き出す子供の様に、長い灰色の髪をいじりながら、そう問う。
「──わかりました」
「ホワイトデイさん?」
セナの答えに、ホワイトデイは頷くのみ。
そして、セナの抱えていた本を、魔法で取り上げてこう告げた。
「0と1の間、これを見つけると言うのは、とても困難な事です」
けれども、出来ない訳ではない。
魔法とは、そういうものだから。
「1を10にも、100にもするのは努力です。しかし、0を1にするのは、才能です」
ホワイトデイは包み隠さず、全てを打ち明けた。
セナの歩もうとする一歩を、静かに、優しく、その先にあるものを、諭す。
「あなたに、才能はありません」
「──うん、私もそう思う」
「けれど、何も知らない。というのは才能です」
ホワイトデイの手が、セナの頭を撫でる。
冷たくて、生きているかさえも分からない。
「あなたは必ず見つけられます。私とミラは、そう思っています」
「なぜ我も巻き込む」
セナはこの日、初めて自分が恵まれていると自覚した。
いや、本当はずっと前から、恵まれているのだ。
あの時会った流星は、セナを覚えているだろうか。
こんなにも笑っているよ。
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