真実


じゃあさ、俺が・・・この60年──。


「魔王」

「なんだ?」

 セナは、宿屋のふかふかのベットに寝転びながら浮いているだけの魔王を呼びかける。

「どうしたの?考え事?」

「いや・・・。これからの事を考えていてな」

 いつも通り、風に運ばれるが如く、セナの周りを漂う。

 その魔王を、セナはただ目で追った。

「仕事探しだよね。どうしよう」

「セナ、お前は何が出来るのだ」

 そういえばと思い、魔王は尋ねた。

「えっと、剣を振れるよ」

「ふむ、それで?」

「・・・それだけ」

 セナという少女は、どうにもこの世界で生きていくには厳しい存在だった。

 両親はいない、面倒見てた人は消え、特技は剣を振れる。

 まるで、ちんけな物語に出てくる小説の主人公みたいだと、魔王は思った。

「お前は生きづらいな」

「でも、魔王と出会ってから変わったよ。ありがと」

「礼はいらん。お前を生かすと決めた以上、動いているにすぎん」

「それでもだよ」

 セナは知っている、魔王が優しさでここまでしてくれている訳ではないと。

 この2人の共生は、魔王のきまぐれの上で成り立っている。

 それでも、セナは感謝を伝えたかった。

「魔王は何年生きてるの?」

「知らん、1000年は経つんじゃないか」

「凄いね」

 きっと、魔王はこれからも生きていくのだろう。

 途方もない、この世界の美しい循環と共にあり続ける

「色んなことを、忘れていくんだろうね」

「なんだ急に」

「ううん・・・。なんでも」

 セナは考える、この上位存在が描き続ける未来。

 きっと、沢山の絵の具があっても、描き切れない程に長い生の旅。

「ただ、長く生きてね。ってだけ」

「我は死なん」

「私は死ぬよ」

「なら精々死なない様努力をしろ。忘れてほしくないならな」

 この身が死ねば、魔王も死ぬと突きつけたのに。

 ただ、また風に攫われる。

「はぁ〜い」

「舐めた返事をするな」

「はい」

 どこまでも、運んでくれると信じている。


 夕暮れ、一瞬世界に広がるその日最後の暖かさ、そして夜を迎える準備である。

「まず、お前の様な子供が働く事すらできないとは」

「どこもダメだったね」

 仕方ない事だ、12歳を働かせたところで何になる。

 筋力は無いし、セナは物覚えが悪い、どこに行っても彼女は生きづらい。

 少し、心が狭くなる、世界から必要とされてない様で。

「せめて、剣があればな。そこらの魔物を倒して素材を手に入れる事が出来れば、金は稼げるのだが」

「私、魔物との戦闘経験ないよ」

「難儀なやつだ、人ならあるのか。・・・そうだ、お前は闘技場に出ていたな」

「人を襲えとか、やめてね」

「・・・最終手段だ」

「選択肢に入れないで・・・?」

 冗談だ、と小さく魔王に釣られて、セナも笑ってしまう。

 けれど、状況が変わる訳でもない、いまだに2人は彷徨うばかりだった。

「宿に戻る?」

「・・・どうしたものか。──む?」

 ふと、魔王が止まった、何を見つけたのかと思い、前を見てみると

「・・・すぅ、すぅ」

 仕立て屋で見た、純白の女性が、噴水のそばのベンチで居眠りをしていた。

「起こした方がいいよね、もうそろそろ夜になるし」

「放っておけ」

「ダメでしょ」

 セナはそれをよしとせず、女性の側まで寄って、セナと同等ぐらいのその肩を優しく叩いた。

「あ、あの。起きてください」

「ん──、うん・・・?」

 呼びかけに反応して、女性は目を開く。

 白いまつ毛にも驚いたが、雪よりも綺麗で純粋なその瞳に、セナは驚いた。

「あら・・・。こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」

 寝ていた事が嘘の様に、女性は呑気に口にする、こんなところで居眠りしていたら、危ないはずなのに

「ここで寝てたら、危ないですよ?もうすぐ夜になるし・・・」

「うふふ、優しいのですね。でも大丈夫ですよ、エルセルクにそんな人はいません」

「そう・・・なんですね」

 ゆったりとした、静かな口調が耳に残る。

 セナと歳は近そうなのに、どこか落ち着き払った女性はスッと立ち上がる。

「仕立て屋でお会いしましたね?」

 その言葉に、静かに首を縦に振る。

 その回答に満足したのか、女性は楽しげに笑って、セナの方へと向き直った。

「ホワイトデイと申します」

 スカートを軽く摘み、貴族の様に上に伸ばして広げる。

 お辞儀は丁寧で、優雅だった。

「えっと・・・」

 貴族の様ではあるが、ファーストネームが無い。

 セナとの印象の齟齬が生まれ、少し困惑してしまう。

 それを感じ取ったホワイトデイは、またニッコリと優しい笑顔を浮かべた。

「貴族ではなく、魔法使い、ですよ」

 その言葉に、魔王は反応して、面白いものを見つけた様に、近づいてくる。

 諦観を決めていたのに、興味が湧くとすぐこれである。

「そ、そうだったんだ。お姫様かと思いました」

「あら、嬉しいですね。ありがとうございます」

 純粋な本音を言ってみれば、ホワイトデイはそれを素直に受け取る。

「セナ、お前の名を言っておらん」

「あ、わ、私はセナと言います。よろしくお願いします」

 自己紹介する習慣が無かったセナは、どこかしどろもどろになりながらも、自分の名を告げる。

 ホワイトデイは、顎に手をやって、静かに頷いた。

「そんな畏まらないでください」

 持っていた帽子を被り直して、ホワイトデイは身を整える、ところかしこにあしらわれた白色の花達が美しい。

 セナは、こんなにも綺麗な人がいるんだと感動する。

「セナさんは、この国の人ではありませんね?」

「はい──、昨日、ここに訪れて」

「セナ、仕事を紹介してもらえ」

 急な魔王の言葉を聞いて、顔を顰める。

 急な事を言われても、困らせるだけなのではないかと思案しながらも、セナは問いかけた。

「え、えと・・・仕事を探してて」

 その言葉を聞いて、口を開いて驚くホワイトデイ。

「まぁ、お仕事を?そんなにも若いのに、立派ですね」

「い、生きていくには必要な事なので」

 おおよそ、12歳の言う事ではない、だからこそホワイトデイは痛々しげに微笑んだ。

「それでは・・・。私のお手伝いをしますか?」

「よし、これは運がいいぞ」

 魔王は嬉しそうに、声音を張り上げる。

 それを聞き流して、セナは迷惑ではないかを問いかけるも、ホワイトデイはただ笑うのみ。

「いいん、ですか?」

「はい、もちろんですよ。ちょうど、私の家が近くにあるので・・・。来てみますか?」

「ついて行け、セナよ。運がいいぞ」


 ──この女の言う事には、従っておけ。

 その魔王の言葉は、凄く楽しげだった。


「ここです」

「でかい・・・」

 一個人が保有するにしては、あまりにも大きな一軒家。

 金貨何枚分の価値があるのか、元奴隷のセナには想像もつかない。

「どうぞ、お茶をお出ししますね」

「あ、ありがとうございます」

 中に入るよう促されて、セナは魔法使いの家にお邪魔する。

 入った途端に、外から断絶された様に、外の営みが聞こえなくなった。

「たまに、ここでお仕事をするんです。集中したいので、音を完全に遮断しています、びっくりしました?」

「はい、ちょっとだけ」

「・・・ほう、ほうほう」

 魔王は家を探検する猫の様に、家を見渡す。

 綺麗に整理整頓されている入り口は、お客をもてなす準備がいつだってできている様だった。

「こちらに」

「今行きますっ、ほら、魔王」

「ああ」

 何も無い壁を見つめて、ほう。とか、なるほど、とぶつぶつと語る魔王を連れて、セナはホワイトデイの声がする方へ歩いていく。


「どうぞ、最近取り寄せた紅茶です」

「い、いただきます」

 カップに入った赤色の液体は穏やかな煙を炊いている。

 紅茶の煙だけで、満足出来てしまうぐらい、良い匂い。

「荷物を置いてきますね、ちょっとお待ちを」

「はいっ、わかりました」

 そう言って、何処かへと去っていくホワイトデイ。

 紅茶を一口飲んで、緊張している身体を少し和らげるセナ。

「・・・凄い、お金持ち。ホワイトデイさん、いくつなんだろ」

「相当な年増だろうな。あれは、中々に食わせ物だぞ」

「そ、そんな言い方よくないよ。良い人じゃん」

「ああ、だが。良い人、というのは色んな捉え方があるからな」

「・・・魔王は、ホワイトデイさんが信用できない?」

 そう聞かれ、魔王は少し考えて、己の意見を言い渡す。

「信用できる。だからこそ、信用ならない」

「どういうこと?」

「害はない、それだけだ」

 その言葉の終わりで、ホワイトデイが戻ってくる、そのままセナの対面に座って、こちらを興味深けに見つめている。

「・・・あ、あの?」

「セナさん」

 変わらず、落ち着き払った呼びかけは、変わらず冷たさがありながら、優しい暖かさを感じる。

 けれど、魔王の言葉のせいで、どこか違和感をセナは感じてしまった。

「この後は、お時間ありますか?早速、手伝って欲しい事があるのですが」

「ぁ、はい!!もちろん、お時間あります」

「あら、ふふ。とても元気がありますね」

 そう言って、ホワイトデイはテーブルに一枚の金貨を置いた。

「報酬は金貨一枚」

「えぇ!?い、いいんですか?」

 食いつきが速い。セナは大声を上げることはないが、その言葉の力強さは、完全に金に目が眩んでいる。

「意地汚いぞ、セナ」

「あ、ぅ。そ、その・・・お仕事の内容は」

 急なセナの変わり身に、ホワイトデイはクスクスと静かに笑う。

 

「はい、お願いしたいのは、鏡の掃除です」



 ギシリ、ギシリ──。

 階段の軋む音は、次第に消えていき、気づけば石階段特有の、コツ、コツ。といった音に変わっていく。

「寒くはありませんか?」

「大丈夫です。・・・この家に、こんな地下が──」

 驚いてばかりだった。

 セナは地下と言ったが、もはやその域を超えて、ひとつの軽い洞穴だった。

 次第に、水が流れる音まで聞こえてくる。

「まるで、一種の儀式様式・・・いや、どちらかというと、召喚場に近い」

 下る階段に、刻まれ始めた魔法術式を読み取って魔王は分析し始める。

 勝手にそういう事するのは、失礼だからと。セナはちょっとやめてほしかった。

 

「着きましたよ」

 水の音が、如実に響き渡る、周りに映えた植生は苔ばかりで、遺跡の様な空間が、そこには広がっていた。

「あれが・・・鏡?」

「面白い」

 魔王の興味は、あの鏡へと向いた。

 確かに、見たこともない素材で出来た鏡は、セナの興味も十分に引いている。

 何せ、ガラスが、真っ暗なのだ。

「これの掃除をお願いしたいんです」

「わ、わかりました・・・。あの、掃除道具とかは」

 真っ暗ではあるが、汚れではない。

 きっと、特殊な掃除方法があるだろうと考えたセナは所有者である、ホワイトデイに尋ねると、ニコニコと笑うのみ。

「面白い、ふはは。実に、面白い」

「あ、ちょっと・・・」

 

「これは、私が作り出した鏡です」

 ふよふよと、鏡に近づく魔王。

 静かに語り始めるホワイトデイ。

 どちらの相手をすればいいか戸惑うセナ。

「長い年月をかけて、この鏡に魔力を溜め込んだんです。

 まぁ、私の感覚では数ヶ月程度ですが」

「え?」

「なるほどな、そう来たか。人間の躍進というのはいつの時代も我を楽しませるな」


 魔王は、自分の姿を鏡に映す。

 そこには本来、映るはずのない人物が映し出されていた。・・・いや、魔力で作られていた。


「ぇ──」

 

「[曇りなき真実を写す鏡ラカオニア・ミラー]、どうですか?何が見えました?」

「ほお、これが今の姿か?なぁ──」

 

 魔王が鏡の前に立ち、現れたのはセナの姿。

 灰色だった髪は黒に染まって、変化量の少ない表情は、冷めた仮面を貼り付けながらも、薄く笑っている。


「ホワイトデイよ」

「悪魔さん?」


「──、魔王!」

「止まりなさい」

 ホワイトデイの、優しかった言葉は影もなくなり、あったのはただ冷徹な命令。

 その冷たさに反応してか、セナの身体は何かに拘束される。

「ぅ──、氷・・・?」

 何かの正体は、感触と温度ですぐにわかった。

 水を特定の水温まで引き下がってできる個体、氷。

 セナは、自分が縛られていると気づいて、魔王の言葉を思い出した。


 一目見て、善悪を把握できる人間なのか?


 その言葉が、今。セナの心を締め付けた。


「悪魔さん、あなたの依代はこちらの手中にあります。生殺与奪は私にあると思ってください」

「異質で冷たい魔力と似て、冷徹ではないか」

「これでも長く生きてるので、それで?どうです、あなたはもう分かっているのでしょう?」

「は、離して──!!!」

 ホワイトデイと魔王の、互いの殺意を図り合う様なやり取り。

 セナはただ、無力に暴れるしか出来ない。

「この鏡に吸い込まれ、実体を作れ。と?」

「はい。物分かりが良くて助かります」

「実体・・・?」

 悪魔は本来、人の魂を喰らって、やっとの思いでこの世で実体を持てる。

 そして、ホワイトデイの作り出した鏡は、それを無視した、理の叡智。

「ふむ、なるほど。魂だけの我を封印できないから、わざわざ実体を作る鏡を用意した訳か」

「・・・魔法は、魂を観測できませんからね」

 要するに、魂というのは存在するが、それだけだ。

「ふふ、ははは・・・。ふははははッッッ!!」

 魔王の高笑いが、この部屋に響く。

「いいだろう、折角だ。ここまで用意されたのなら、乗ってやらねば魔法使いの名が廃る」

「だ、だめ──!!」

「案ずるな、我にとってはたかが娯楽に過ぎん」

 そう言われても、セナの恐怖心は治る事を知らない。

 ホワイトデイがこんなにも恐ろしく、魔王はこんなに分かっていた。


 ──私は・・・何も知らなかった。


「さて、我に実体を与えると言ったが・・・。果たして」

 魔王は、好奇心のまま。鏡の中へと吸い込まれていった

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

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