ここから


「お嬢さん、お嬢さん」

「んぁ──っ!?」

 おじいさんに揺さぶられて、セナは目を覚ます。

 朝特有の、夜が残した澄んだ空気が、セナの肺の中に広がっていく。

「着いたよ」

「あ、はい・・・。ありがとうございます、ふわぁ・・・」

 目をゴシゴシと擦って荷台から降りてみると、目の前には沢山の命を受け入れる、大きな口の如く開かれている。

「では、入ろう」

 おじいさんは馬を引いて、この門を通過する。

 傍に聳え立つ衛兵に軽く会釈しながら、そんな衛兵2人は、セナの姿を見て、一瞬驚くもすぐに元の人の良い笑顔に戻る。

「確認とか・・・ないのかな」

「言ったであろう調和の国と。何でも受け入れる気前の良い、都合が良い国だ」

 どこか可笑しそうにそう言いのける魔王の言葉、良い国なんだな、とセナは素直に受け取る。


「わぁぁぁ・・・」


 寂れてなんかない、どこもかしも新品の如く綺麗な街並み、整備されている地面、至る所に暖かさを感じさせるエルセルクの町は、セナにとっては新鮮だった。

「セナよ、仕立て屋に行くぞ」

「あ、うん。でも、どこにあるんだろ」

「聞けば良いだろう、御者に」

 それもそうか、と思いながら今も馬車を引きながら、隣を歩く老人に語りかける。

「あ、あの」

「ん?どうしたんだい?」

「仕立て屋って、どこにありますか?」

 聞いてみれば、少し驚き、その瞳はどこか嬉しそうにして、セナに解答する。

「もうすぐそこじゃ、わしもそこに用があるから、一緒に行こうか」

「は、はいっ」

 ガラガラ、と馬が荷台を引く音にも慣れてきた。

 2頭の馬も、足を動かしながらも小さな命であるセナを見つめて、嘶いた。

「おぉ、ほら、喜んどるぞ。はっはっは」

「わ、わっ──」

 初めて聞いた馬の嘶きは、想像していたよりも、脳に残るものだった。


「グンターさん、いるかい〜?」

 青い扉をコンコンとノックして、仕立て屋の主を呼び出すおじいさん、程なくしてグンターと呼ばれる老人が、ドアの開閉を知らせるベルと共に姿を現した。

「おぉ、カカロ。来たか」

 そういえば、御者のおじいさんの名前を聞いてなかったと、今更ながらに後悔する。

「む?こちらの娘は?」

「あ、せ、セナと言います!」

「街道の途中で出会ったんだ、いつもの荷物はどこに置けばいい?」

「店の前に置いてくれ」

 はいよ、と言ってカカロは荷台に向かって行き、グンターの言った通り、荷物を運ぶ。

「手伝います、カカロさん」

「お、それは悪いね。じゃあ、これとこれを──」

 セナでも持てそうな小さい荷物を指定して、カカロはセナの言葉に甘える。

「んしょ・・・。魔王、なんか静かだね?」

「あぁ、少しな。60年程度では、変わらんかと思ってな」

 その言葉は、どこか安心したような声色だった。

 どうやら、魔王にも過去を懐かしむという行為に思考を巡らす事があるらしい。

「──魔王って、結構、人間の世界の事に詳しいよね」

「何年も生きていれば、知らぬ事の方が減っていく」

「それは・・・。ちょっと寂しいね」

 知らない事が減る、という事は生きていくうえで、良い事ではある、けれどそれは同時に、世界に何の楽しみも持てなくなっていく、という事だ。

「寂しい・・・か、お前の言うことは正しいかもしれんな。我にとって、この世はもはや、陳腐なものだ」

 けれど、と魔王は続ける。

「この陳腐に救われている存在もある」

 魔王の言葉に、セナは首を傾げることしか出来なかった。


「カカロよ、あの子は1人で何を?」

「はっはっは、あの子は妖精と話せるんだよ」

「そうか。それは・・・良い事だな」

 老人2人は、今もなお純粋な少女を見つめて、微笑ましそうにしていた。


「では、わしは行くよ。グンター、セナ。またな」

「また頼むぞ、カカロ」

「ここまで、ありがとうございました。カカロさん」

 こうして、カカロは馬を引きながらどこかへと去っていく、セナは、その後ろ姿を見届ける。

「では、セナちゃん。中に入ろう」

 本来ならば、営業する時間ではないけど、せっかく来てくれたんだからという計らいでセナのために店を開けてくれるという。

 お礼を言って、セナは初めて入る仕立て屋に、胸が躍るのだった。


 それは、大きなクローゼット。

 壁にかけられた服、上着。

 棚に陳列する、ズボン。

 マネキンは、今の流行を取り入れているかのようにセナには勉強不足はオシャレな格好をしている。

「す、すごい」

 感嘆の声が、思わずと言ったふうに漏れる。

 魔王は何もいわず、ただふよふよと漂って周りの服達を吟味している。


「どれにしよう」

「どれでもいいだろう」

 セナ、初めて服を買う、けれど、自分の好みとか無い少女は、どれを着ればわからない。

 そもそも、服のサイズすらわからない。

「セナちゃん、手伝おうか?」

「は、はいっ。お願いします」

 グンターの一声は、渡りに船だった。

 その言葉に素直に甘えて、セナは一歩下がって、グンターに選択の権利を譲る。

「何故、自分で決めない」

「だ、だって。服とかよくわかんないし」

「適当でいいだろう」

「そ、それは嫌じゃん」

 こそこそと話すセナの声は、しっかりとグンタにも届いていた。

 ──本当に、妖精と話せるんだなぁ〜。

 グンターの中で、印象に残る少女だった。


「ふむ、こんなものかな」

 服を色々とあてがわれて、グンターは選び終えたらしい。

 会計するために、色々と台に置いて、セナを待つ。

「値段は抑えておいたけど、お金の方は大丈夫なのかな?」

「・・・多分、お値段は?」

「全部で金貨2枚だね」


 ──金貨。


「・・・あ、あの」

「ふむ、持ち金を見せてもらっていいかい?」

「はい」

 そう言われ、セナは持っていた銀貨しか入ってない袋を、グンターに渡す。

「ふむ、これだけあれば足りるよ」

 銀貨20枚がグンターの元へと行く。

「銀貨10枚で、金貨1枚か。覚えておこう」

 この世の知らない事を知って、魔王はどこか満足そうだった。

 セナの方も、持ち金が足りる事にホッとしている。

「ははは、じゃあ、そこの試着室で着替えなさい」

「はいっ」

 セナは、買った服を抱えて、試着室へ楽しそうに駆け込んで行った。


「・・・ど、どうですか?」

 カーテンを開いて、新しい自分の衣服をグンターに見てもらう。

 まず目に映ったのは、黒色のローブ、そしてズボンは動きやすそうな機能美を備えている。

「うむ、とても似合っているよ」

「・・・」

 闘技場で見かける貴族の様だな、とセナは思った。

「貴族が着ている服みたい」

「はっはっは、嬉しい事を言ってくれるね」

 グンターが立ち上がって、壁にかけられた服を撫でる。

 愛おしそうに、自分の子供を撫でるみたいに。

 服達は、とても洗礼されており、細かな刺繍と砕かれた宝石の如く散りばめられた輝きは、本物の様に美しい。

「偽物だ・・・」

「え?」

「僕が作る服は、全て偽物」

 グンターの表情は、悔しそうに、けれどどこか晴れやかな表情だった。

「グンターさんの・・・作った服」

「仕立て屋だからね。外から取り寄せた物もあるけど、ほとんどは僕が作ったんだ」

 綺麗だろう?と、一枚の服をセナに見せる。

「外見だけ似せた、作り物。本物はもっと厚くて、宝石も偽りの輝ではなく、確かな年月をかけた輝きを放つんだ」

「・・・」

 暖かい言葉だと思った、それと同時に、どこか諦めを受け入れてる様だとも思った。

 努力では埋められない壁がある、それは環境だとか情熱とか、等しく分け与えられない才能。


「金貨2枚なのが、その証拠だ。これは僕が積み上げた歴史の価値だ」

 そして、酷く綺麗な笑顔だった。


 違うと思った。


「私には・・・この服達に、それ以上の熱を感じました」

「熱?」

 思い出すのは、私の才能。

 名前を語って去っていったおじいさんが、私にくれた私だけの言葉。

 誰かの言葉で、誰かを慰める事が出来るなら。

 それはなんて、素敵な事だろうか。

「偽物じゃありません。この服達は、グンターさんが作った本物っていう結果があります」

「そう・・・だね」

「私は、物の価値がわからない。だからこそ・・・グンターさんの歴史を、感じれる」

 それは、グンターの欲しかった言葉なのかもしれない。

「グンターさんの歴史は・・・金貨2枚以上の、ううん。

 お金では測れない、存在理由があると、思います」

「────!!」

 この服達がもたらす幸福は、お金ではない測れない、素晴らしく尊い物。

「・・・まさか、自分よりも歳下の子に慰められるなんてね」

「あ、ごめんなさい・・・。生意気な事を・・・」

「いいんだ、凄く嬉しかったよ。そうだね、長く生きると忘れてしまうね、だからこそ、僕には妖精が見えないのかもしれないね」

 グンターの呟きは、自傷げに、目の前の眩い光にやられた暗い影だった。

 生きていれば、価値に囚われて、そこに自身を結びつけ、道に迷ってしまう、その光すら否定してしまう。

「ありがとう、セナちゃん。もう少しだけ、僕も頑張ってみようかな」

「応援・・・してます」

 2人のやり取りからしばらくして、入り口から、カランカラン。と客の出入りを知らせる鈴が鳴る。

 

「おや、ホワイトデイ様」

「こんにちは」

「あ、じゃあ私は・・・これで、グンターさん。ありがとうございました」

「いーえ、またどこかで」

 セナは去っていく、お世話になった仕立て屋を心の内にしまって、また来ようと。

「・・・とても可愛らしい子ですね」

「ははは、その通りですよ、何でも妖精と話せる子でしてね」

「妖精・・・ですか」

 全体的に白を思わせる、ホワイトデイと呼ばれる女性は

 カウンターに置かれたボロ切れに目をやる。

「こちらの布は?」

「あの子が来ていた服でしてね。色々と工夫を加えれば、また新しくなるかなと・・・。とと、そういえばご依頼それた品でしたな」

「ありがとうございます、ゆっくりで構いませんよ」

 純白の長髪、白いまつ毛、白い瞳。

 季節でいうなら冬、虫で言うならモンシロチョウ。

「・・・再利用。素晴らしいですね」

「ありがとうございます、いかんせん。これが取り柄ですからな」

「良い事ではありませんか、グンターさんの良さはそこですからね」

 冷たい印象を与えながらも、ホワイトデイの吐き出す言葉は穏やかで、人を温める。

「はは、それをさっき、やっと認識できましたよ」

「あら、そうでしたか。・・・ありがとうございます」

 渡された服を受け取って、好奇心に駆られて広げてみる。

「うん、とても良い出来です。やはり、グンターさんの服は良いですね、工夫を感じます」

 少女の出立ちの様な女性は、目を輝かせながら自身に服をあてがって、鏡を見る。

「うむ、お似合いですな」

「ええ、とても・・・お似合いです」



視点は切り替わる。

「セナよ、その価値を忘れるな」

「え?」

 少し軽くなった財布を抱えて、満足そうにしながら歩くセナに、魔王はそう言った。

「わからないなら良い。わからないからこそ、輝くからな」

「・・・?」

 いつも、魔王は難しい事ばかり言うのだった。

 

 

 

 

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