私の名前は


──小娘よ、ここはどこだ

 

 偉そうな人魂が、ふよふよと少女の周りを漂いながら、そう問うと、困惑しながらも少女は答える。

「レヴァーティア」

「ほう、レヴァーティアか・・・」

 その名を聞き、魔王は記憶を振り返りながら、どこか懐かしむ様に、ぐるぐると少女の周りを、また漂う。

「懐かしい、この国が建国されてから1度しか訪れた事はないが、街の喧騒はいまだ記憶に新しく感じるぞ」

「まぁ、血の気が多い国だしね」

「その分、楽しい事が多く・・・。いや待て、小娘よ」

「なに?」

「我は貴様に名を聞いた筈だ、速く名を名乗るといい」

「・・・セナ」

 とても覚えやすいと思いながら、魔王はまた思考を引き戻した。


 恐らくだが、我はこいつに成り代わる筈だった。

直接的な証拠はないけれど、魔王の中に確信めいた何かがそこにはあった。

 自身の魂と、目の前の少女の魂が強く結ばれる感覚が。

「ふむ、セナよ。貴様はここで何をしているんだ」

「・・・見てわからない?」

「物乞いか?」

「そうだよ」

 道の片隅で蹲りながら、セナは魔王と会話していた。

 ボロ切れの様な布に身を包み、いつ洗ったかもわからないボサボサの髪、生を諦めた暗い瞳が魔王には印象的だった。

「小汚い奴だ、レヴァーティアは面白い街だったが、お前の様な物乞いも多かった」

「最近は減ったんだけどね」

「母と父は?」

「知らない、生まれた時からこんなだったし」

 どうやら、この世に生を受けてすぐに人生のどん底。

 そんな理由なら、瞳に光が無いことも納得できた。

「あなたの名前は?」

「む、そうだったな。我は魔王──」

 自分の名前を叫ぼうとしたところで、大きな腹の虫が鳴いた。

 その音の行方が、セナから発せられたものだと理解するのには時間など要らなかった。

「気にしないで、いつもの事だし慣れてる」

「ふむ、空腹のままではまともに話は出来まい」

「・・・お金ないよ」

 そんな事は知っていると叫んで、黒色の魂はどこかへと向かっていく。

「どこ行くの?」

「金が無いのなら、自分で取りに行くのだ。ほら来い

 食べ物の取り方ぐらい教えてやる」

「・・・うん」

 外の危険と、今の飢餓状態を天秤にかけて、セナは魔王についていく事にした。


 どうせ、失う物もないし。


 そんな思いに、誘われるがまま。


 街の門を越えれば、整備された道が出迎えてくれる。

 そんなものには興味がないのか、魂は脇道に逸れて林の中へと向かっていった。

 セナも遅れない様について行き、程なくして完全な自然に囲まれる、辺り一体が森に変わったと理解する。

「私、帰り道わかんないよ」

「我が知っている」

「魔物・・・出てきちゃうかも」

「我がいる」

 何を言っても、我が、我がと説き伏せられてセナは黙りこくる。

 自分が何を言っても、目の前の人魂はこちらに聞く耳を持つ事はないのだろうと、半ば諦める。

「ふむ、セナよ。これなら食べれるぞ」

「・・・食欲が失せる見た目」

「赤繭。名前の如く、形が蜘蛛の繭みたいだが、味はそこらの果物より甘いぞ」

「へぇ」

 そう言われるがまま、セナは一粒を指先で摘んで思い切って口に放り込む。

「──本当だ、甘くて美味しい」

「そうだろう。今のお前に、糖分はよく身体に染みるだろうな」

「・・・えと、あなたは食べないの?」

「食べれると思うか?」

 いいえ、全然。

 怒りを露わにしているのか、黒色の魂がぼわっと大きくなる。

 食べれないのなら、仕方ない、これはもう全部いただくしかない。

「ん、あむ」

「甘味だけでは飽きるだろう、ほら、ある程度食べたら次はあっちに行くぞ」

「んむ・・・待って」

 口元を赤く汚しながら、セナはまた再び魂を追いかけていった。


「おいセナ。このキノコを食べろ」

「キノコ・・・大丈夫なの?毒とか」

「心配ない、我は大昔に食べた事がある

「気がする・・・」

 心の中で猜疑心が湧くが、それならそれでいいやと思考を放り投げて、キノコを掴んで口に含もうとすると

「待て、折角だ。焼いてやろう」

「魂さんに熱ってあるの?」

「阿呆め、魔法を使うに決まってるだろう」

「魔法・・・」

 ピタッと、魂が静止すると、どんどんと地面に魔法陣が形成されていく。

 そこから次第に、小さな炎が発火していき、次の瞬間にはセナの膝下ぐらいの大きさへ変わった。

「凄い・・・。私、魔法なんて初めて見たよ」

「そうか、お前はレヴァーティア出身だったな。ならば仕方のない事だ、魔法よりも武力を讃える国だからな」

 魔王が色々と講釈を垂れているが、そんな事よりも炙られているキノコの方が、セナには重要だった。

 煙と共に、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

 空腹を余計に刺激し、腹の虫を大きく唸らせて、無意識のうちに唾液が溜まっていき、こぼれ落ちる。

「そろそろだな。食べてよいぞ、熱いから気をつけろ」

「うん」

 むしゃり、むしゃりと一切の躊躇なくセナは焼かれたキノコを口に含んで咀嚼した。

 噛む度に香りが広がる、それが咀嚼を誘発させる。

 こんなにも美味しい物を食べたのは、久しぶりだった。

「美味しかった・・・」

「まだ探せばあるかもしれん、ほら、探しにいくぞ」

 その言葉を聞いて、セナの瞳は少しだけ輝いた。

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