魔王、転生失敗

ぬる

魔王、転生失敗


戦いは終わった。

 胸に突き刺さった剣を見据えて、自身の敗北を自覚する。

 黒く長い髪が風圧によってなのか、はたまたどこからか吹いてきた風で靡いたのか。

 壁の傷、床の燃え後、砕け散ったガラスの破片。

 

「・・・そうか、我は負けたのか」

 

その言葉を聞いてもなお、目前の勇者と呼ばれていた青年は、どこか生気の感じない瞳でこちらを見つめていた。


「君の負けだ」

「そうか・・・」


 肩で息をしながら、腹部から溢れる血液を手で抑える勇者の一言が、頭の中を反芻する。

 正直に言って、人間がここまで成長していたとは思わなかった。

 

「ふはははッ!!そうか、貴様を殺せば殺した勇者の数は丁度5人目だったのだがな」

「残念だったね」

「全くだ。まぁ、それでもよい。おい、名を名乗れ」


 名を聞かれるとは思わなかったのか、勇者は目を見開いて、驚愕の表情のままボソリと吐き出した。

 

「アルス・・・──」

「ふむ、長いな。だがわかった、覚えておこう」


 そうは言っても、我は封印されるのだろう。

 我ら悪魔は、死ねば魂だけが現世に留まり、長い眠りの据えに新たな人間の魂を喰らって蘇る種族だ、ここで名を聞いても所詮は無意味。

 それでも、我を初めて打ち負かした人間の名を知りたかった。

 

 アルスという名前を、自分の魂に刻み込んで目を瞑り今までの事を振り返る。

 終わりを迎えたとしても、この名を永劫覚えておくために。


 目を閉じる、思い残すことはもう何も無い。

 ただ、我の好きな暗闇に包まれるだけなのだから。

 

 しかし、いつまで経っても、封印魔法が施される事はなかった。


「なんだ、アルスよ。我を封印しないのか」

「ねぇ、魔王。少しだけ・・・、俺と話をしないか」

「──いいだろう」


 やはり、今回の勇者はどこか普通とは違った。

実力もそうなのだが、いかんせん、自身を客観視しすぎていると、思えてしまう。

 だから、我は身体が塵になりながらも目前のアルスと対話する事を決めた。


「君は、何年。眠りにつくんだ?」

「さぁな、ざっと60年は眠るだろう」


 少し考える素振りを見せて、アルスは我から剣を引き抜いた。

 それを確認して、いよいよアルスの考えている事が分からなくなる。


「じゃあさ、俺が・・・この60年────」



 勇者というのは、地獄へ突き落とされた愚か者の称号だ。

 民の信頼に応え、邪悪な魔物を葬り、最終的には巨大な悪を滅ぼす。


 そうしなければ、ならない。

──とても皮肉な話だと思う。


 その先の末路は、永遠の賞賛ではなく、天元を知らない暴力への恐怖だ。

 救い続けた民から、恐怖されてしまうのだ。

それは仕方ない事と割り切れる人間がいるだろうか?


 けれども、アルスという人間はどこまでも勇者の名に相応しい、人物であった。




「・・・む」


 魔王が目を開くと、そこは城下町であった。

 綺麗さのかけらもない、もしかしたら自分の住んでいた魔王城の方が綺麗に整備されていたとさえ思える。

 ここは本当に人の住む場所なのだろうか?


そして、もうひとつ気づく。


 自身の身体がとても小さい事に。


 ・・・いや、小さいわけではない。


──我の身に、何が


 悪魔として初めての死、そして転生。

なにもかも無知のまま、魔王は混乱と困惑の中、とりあえずと思い、辺りを見渡した。

 果たして、自分は転生できたのだろうか。

そんな疑問を抱えていると、何者かに自分の身体が掴まれる。


──む?

「・・・ねぇ、あの、大丈夫?」


 見窄らしい少女が、自分の身体を持ち上げていた。


──なんだ貴様、随分とでかいな。面白い、名を名乗れ

「でかい?何を言ってるの?」

──どういう事だ


 そして、やっと自分の身体の違和感に気づく。


 小さくなったのではない、もはや身体もない。


──な、これは・・・



 魔王は、掌サイズの魂になってしまっていた。


 

 

 




 

 

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